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親は子の先に生まれるのだから、子より先に死ぬ。
だいたいは、そう。順当にいけばそうなのだから。
それがわからないほど子供ではないのだから。
つい一昨日までそう自分に言い聞かせていた。
とはいえいざ自分の母が病に伏し日に日に気弱になっていくと私はどうしようもなく泣きそうになった。
そして行かないで、ここにいて、という言葉が口をつきそうになる。
それを悟られまいと時に顔を背ける私に母は気づいていたんだろうか。
五条川は桜の名所で地元の人にはよく知られている。
”千本桜”と呼ばれ、長い川沿いに延々と続く桜並木は今日も桜見物の散歩の人々とドライブの車、花見客のための屋台で賑わっていた。
溢れんばかりに乱れ咲き、川面にこぼれ落ちそうな桜を私は車窓の向こうにぼうっと眺めた。
隣でハンドルを握る父に「もっと渋滞してくれたらゆっくり見れるのにね」と言うと父は短くそうだな、と答える。
春の五条川をドライブするのは家族の恒例行事だった。でも今日は父と二人きり。
会話に困るような仲ではないのだから、仲の良い親子なのだと思う。
それでも一度黙ってしまうと少しだけ気まずさが残る。
「おばあちゃんたちさ、凄かったよね。父方と母方と両方のおばあちゃんが一度に自分たちのことすごい勢いで私に頼むからさ。お葬式なのに笑っちゃって」
「あれはな」
まっすぐ前を見ていた父の顔が苦笑する。
「それにさ、お坊さんのお経もちょっと変だったよね。途中でロックみたいになってきてさ。あのお椀みたいなのすごい勢いで鳴らすから可笑しくて」
「ちょっと変だったな。俺も途中からラップにしか聞こえなかった」
「ラップかなあ。でも変だよねあれ」
「あれは変」
また少し黙って私は桜を見る。風が吹くたび花びらは舞い、川面や道路に落ちていく。 巻き上がり群れをなしアスファルトに転がっていく花びらは粉雪に似ていた。
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