千本桜

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 川沿いの道が少し渋滞してきた。速度を緩めて父も桜を見上げる。 「満開だな」 「すごいね。全部こぼれて落ちてきそう」 「まあ昔の方がすごかったけど」 「そうだっけ」 「何年か前に枝を切っただろ。その前の方がすごかった。道路も屋根みたいに桜のアーチに覆われてて」 「またいつかそうなるよ」 「いや、そろそろここの桜も寿命だろ」  なんでもなさそうに言う父の横顔が泣いていないか心配で盗みみたけれど、父の顔は複雑そうな表情のままだった。  むしろ苦笑いに近い顔に私は黙って桜を見上げる。  父さん、この桜、母さんに見せてあげたかったね。今は言えないけどさ。  みんなで見たかったよね。  せめてさ、あと二日でも生きててくれたら見れたのに。変だよね。  昨日いた人が今日はいないなんて、わけわからないよね。  無言の親子をのせて車は橋を渡り川沿いをUターンする。  運転席側にあった桜並木が、私の窓の側になった。  桜の木々の下は緑の草に覆われている。  大木の命が小さな草の命の上に揺れていた。  優しいせせらぎが聞こえそうな浅瀬の流れにその花びらがゆるりと流れていく。  風が吹くたび揺れる花は白く白く輝いていた。ふとあの世でも同じように咲いているんじゃないかと思う。桜というのはそういう花なんじゃないだろうか。 「綺麗な季節に逝ったんだね」  私は呟いた。 「ああ」  父も答える。  泣きたくないのに涙がこみ上げて窓の外を見た。  いつもの癖で車の足元を覗く。 「あ…」 「どうした?」  父に問われて目をあげる。 「桜の根本にね、うちの方では見ない花が咲いてるの。紫の房みたいなやつ」 「紫?」 「見える?」  車が進まないのを確かめて父がすこし身を乗り出す。 「ああ、見えた見えた」 「たんぽぽとかなずなとかもあるでしょ?桜以外もいっぱい咲いてるね。春って綺麗だね」 「そうだな」  父が小さく鼻をすする。  私もすこし鼻をすすった。
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