千本桜

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「泣き止めるように今だったかもしれないな」  父がぽつりと言う。  その言葉の意味がよくわからなくて聞き返す。 「お前は単純だから綺麗なものとか可愛いもの見たら気が散って泣いてられないだろ」 「うーん…まあ…そうかも」 「俺はあんまり周りを見れないけどお前が見つけて話してくれるからな」 「私、母さんみたいに色々は見えてないよ」 「そのうち見えるようになるよ」 「そうかな」 「お前はあいつの娘だからな」 「頑張ります…」  父は切なそうに笑った。  たしかにそうかもしれない。  泣きたくて俯いても、泣かないように天を仰いでも、春はそこに鮮やかな花がある。  そしたら私はきっとその度に小さな子供のように急に泣き止んできゃっきゃと騒ぐだろう。  母はそこまで見越していたんだろうか。  …あの人ならやりかねないかもしれない。  そうしているうちにきっと時は過ぎる。  私たちも母のいない日々の過ごし方を学ぶだろう。  いつまでも心には何かがつかえているのかもしれないけれど。 「桜餅買って帰るか」 「うん。食べる」 「桜見たら食いたくなった」 「お腹すいたの?」 「ぺっこぺこ」 「ぺっこぺこって」  父が笑う。私も笑った。  だけど私たちは一人じゃない。  母さん、ありがとう。  今年の桜はとびきり綺麗だよ。  
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