第一章 自由人

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第一章 自由人

久平は誰が聴こうが聴くまいが話を続けるのが好きで、時にその為に人の怒りを買うことがある。 そして、言われた事をすごく気にしてすぐに忘れて、時々思い出しては腹を立てていた… 仕事場までの通勤には年齢にそぐわないロードバイクで30分かけて通い、 時折、高校生と張り合い公道レースを楽しんでいるようだった。 「自転車、鍵かけないんですか?」伸二が聞いても 「別に、持っていかれてもいいんです!」と久平はうそぶいた。 休憩中にいつの間にか隣に座っていた久平は、伸二に急に問題を出した。 「しまなみ海道って何処にあるか知ってますか?」 「いえ、知らないです…」伸二は考えるまでもなく正直に答えた。 「いやぁ~いつか行ってみたいですね~!」久平は問題の答えを言わない。 久平のお弁当はいつも中身が中高生が食べるような内容だった。 「胃腸は大丈夫なんですか?」伸二が聞いても 「もうすぐあの世に逝くから大丈夫です!」と久平はうそぶいた。 仕事中、急に久平の姿が見えなくなることがあった。 「何処に行ってたんですか?」伸二は少し苛ついて聞くと 「ああ、花壇に植えた茗荷を切りに…放って置くと横にどんどん延びちゃうんですよ!」久平は悪怯れることなく言って退けた。 「ああ…」伸二は言葉を探したがうまく見つからなかった。 「松前さん、茗荷持って帰ってください!」久平はレジ袋に入れた茗荷を伸二に手渡した… 久平は鳥取県の小さな町で五人兄弟の四番目に生まれた。 両親は上の三人が男の子で、期待をしていて女の子だったら「久子」と名付けるつもりでいたのだが、男の子だったので「久平」と名付けられた。 父親は戦争から帰還した人間だったので厳しかった。 「貴様!!そんな根性で生き残れるか!!」父親の決め台詞で、よく久平は叱られた。 上の兄達も可愛がってはくれていたが、そういう父親に育てられた男達だったので、厳しい人達であった。 特に長男は、頼み事なり命令なり十秒経って久平がしていなかったら殴られた。 「久平!馬に乗せてやるぞ!」長男に近所の馬小屋に連れていかれると、練習もせずにいきなり乗せられ、 長男が馬の尻を叩くと久平を乗せたまま走り出し、久平はバランスを崩して落馬、大腿部に大怪我を負った。 久平はそれ以来、「馬には二度と乗るまい」と誓いを立てた。 そして、それを今でも守っている。
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