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「大丈夫?」
努めて冷静を装って声をかけたつもりだった。けれど尋ねる為に目を合わせた瞬間、その大きな瞳に息を飲み“僕の方こそ大丈夫なのか”というくらいに、心臓がぎゅっと鷲掴みされた気がした。
胸が苦しい。
口を小さく開けたままだった彼女は、僕の問いに目を逸らさずに「うん」と微かな声で呟いた。
遅れて周りの、朝の喧騒が耳に戻ってくる。
先ほどの先輩方は僕たちのやりとりを見て、つまらなさそうに行ってしまった。
「ゆっくりでいいから、一緒に行こう」
「ーーー私のこと、聞いてるんだ」
先に立って歩き出そうとしたその時、背後で彼女の硬い声が聞こえた。
「クラス委員だから、一応。まぁ、今のところ、僕しか知らない筈だけど」
振り返り、いかにも興味無さそうに首をすくめて見せると、彼女は少しだけホッとしたような顔を見せた。
彼女の気配を背後に感じながら、歩調を合わせ、三階まである階段をゆっくりと上った。途中、何度も振り向いては顔色と、息遣いを気にした。
大丈夫だ、顔色はそう悪くない。
「ふふ……。お節介」
「…………そっ、………れほどでも……っ」
笑われた。
反発しようにも声は尻すぼみになるわ、赤面するわ。僕は乙女か。
心の中で“平静、平静”と唱えながら三階に到着するまでにはすっかり汗ばんでいた僕だけれど、彼女ときたら涼しい顔で、汗ひとつかいていなかった。
その顔色をちらりと横目で確認し「暑……」と呟き詰襟のホックを緩める。僕が一Aの扉を開けると、一瞬の静寂の後、ざわめく教室。
入学してから当たり前のように空けられていた僕の隣の空席は、遅れてきた美少女で、その日やっと埋まった。
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