丸出見栄内

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 江戸の町で最も高名な発明家と言えば、平賀源内。さて本作は、その好敵手を自認する男の話である。  ここは上野、不忍ノ池の近く、森中兼寺の裏の林の奥のあばら屋が、彼の秘密基地兼研究所であった。  わんわん、にゃあにゃあ、ひひーん、獣の声はすれども、どこにも姿が無い。実は、これこそが彼の発明なのだ。 「ついにできた、完璧だ。生き物の身体を透明にする秘薬の完成だ。」  がははははっ、秘薬の壺を抱え、天に向かって高笑いする男である。  その時、がぶりっ、何かが足のすねに噛みついた。がうがう、声はするが、姿は見えない。実験で透明にした犬だ。首輪を付けてないので、まったく居場所が分からない。 「こんな所をウロウロするな!」  蹴り飛ばそうとしたが、ガツン、足は空を切って柱を直撃した。くうくっ、涙を堪えて、壺を抱きなおす。こんな事で秘薬を落としては、長年の苦労が水の泡だ。  動物実験は完全に成功していた。いよいよ人体実験の番だ。湯飲みに秘薬を入れ、ひと息に飲んだ。  すううっ、手が消えていった。袴の裾を上げる、足が消えていった。机の上のギヤマンの鏡を見ると、顔も消えていた。着物を脱げば、胸も腹も消えている。今や宙に浮かぶ褌だけだ。 「やったぞ、成功だ。ふむ、今日から名前を変えよう。俺はまるでみえない、丸出見栄内を名乗るぞ!」  昨日までの丸出は、町の娘たちから貧弱な坊やと蔑みの目を浴びせられていた。が、これからは違う。町を歩けば道往く人が振り返り、おおっ丸出見栄内、と驚くのだ。娘たちは頬を染め、丸出見栄内様がこっち向いた、と黄色い声をあげるだろう。平賀源内を超えるスーパースター丸出見栄内の登場に、江戸中が歓喜に沸きかえる。
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