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屋上から地面のアスファルトまでの距離のリアルさ。地上に至るまでの痛烈な距離感。それは溝呂木が日々通う、会社の高い窓からは見られない、否、感じられない機微。超高層ビルで仕事をしているのに、暗い土中の巣で蟻のように働く自分。そこに居場所はない。何も見えない。ただの暗闇。だが、このビルからは見える。見渡しきれない程度の光景が。爽快さを伴わない上空の展望が。それらが息苦しく広がっている。
詰まる所、溝呂木は周囲を俯瞰できないその座標から、幾ばくかの安堵を得ていた。
ビルの中は既に電気を止められエレベーターは動かない。溝呂木は日課となった屋上までのウォーキングを行う。そして、大理石の剥げた階段を上りきると、溝呂木のための、溝呂木だけに許されたエリアが待っている……はずだった。
屋上の防護ネットの外側に、後ろ姿を見る限り若い男と判断できる人影があった。溝呂木は予感する。イヤだな、と。こんな湿った風が吹く、気だるい午後は面倒な事に巻き込まれたくない。溝呂木の率直な気持ち。そんな溝呂木の思惑を他所に、若い男は肩を少しすくめると、何やら封筒らしきモノを側に置き、靴を脱ぎ始めてそれを丁寧に揃えた。
「クソ! やっぱり飛び降り自殺じゃないか」
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