20人が本棚に入れています
本棚に追加
何てテレビや映画で見たような紋切り型のワンシーンなんだ、と溝呂木は内心愚痴りつつ、挑発を避けるため男に気づかれないように、屋上の後方にあるポンプ室付近の防護ネットから、ポンプ室の梯子に片足を掛けて挟むように上り、屋上の端のパラペットに降りた。目下にはパースに適ったスケールの人の群れ。本来ならおののくはずの景観。だが、溝呂木は別段高所は苦手ではなかったし、自らには見合わぬ突発的な使命感に駆られるあまり、高さに対する恐怖心もなかった。一方、こんな事をしていたら昼休みの時間がなくなってしまうよ、という打算はあった。
火事場の何とやら。普段の溝呂木には似合わぬ敏捷性を発揮して男の立っている側面まで到着。男はまだ溝呂木には気づいていない。溝呂木と男までの距離は横一線の十メートル弱。この時点で制止の言葉を投げかけようかと溝呂木は迷ったが、ヘタに刺激するのはマズイ、と考え直した。
それとも携帯電話で110番に電話をしてみるか?
逡巡しながらも悠長に考えている溝呂木を無視して、男は目を閉じると大きく深呼吸をした。溝呂木は直感した。ヤバイ、と。同時に約十メートルの距離をスタンディング・スタートで疾走した。昨晩のバッティング・センターでぶり返した腰痛も忘れて。そして、何処で教わったわけでもない俄か仕込みの飛び込みタックルを男に見舞った。乾いた埃がわずかに舞い、二人は絡まりながら倒れ込む。溝呂木は自分がとった意外なアクションに興奮しつつ、
「はあ、はあ、お、おい、君!」
と熱っぽく尋ねた。だが、男はうつ伏せのまま何の反応もない。打ち所が悪かったのだろうか? やはり溝呂木の柄ではなく、相手に対する不意の気遣いを浮かべる。
「ん、んぐ……」
男の唸り声が聞こえた。すると突如男の体が震え出した。
最初のコメントを投稿しよう!