<Insanity and sanity>

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「だ、だ、大丈夫なわけないでしょ、あなた! 私は死ぬつもりだったんですよ! それなのに大丈夫とは何事ですか! 何ですか、何なんですか、あなたは。あなたは私の自殺を止めようとした、いや、実際に止めたんですが……そうだ、私の、私の一大決心の、人生最期にして最大のイベントである『自殺』を止めてしまったんだ! 何であなたは余計な事をしたんですか。あなた、アレですか。自殺を止めて善人ぶろうとでも思ったんですか? それがあなたの正義ですか。そんなの冗談じゃありませんよ、あなた! そんなチンケな、偶発的な、突発的な、安っぽい即席イデオロギーで私の崇高な自己犠牲を中断させたんですか! か、勘弁して下さいよ! 私だってね、し、死ぬまで怖かったんですよ。この自殺する境地までたどり着くのにどれだけ、ど、どれだけ苦しみ、悩み、もがいたか……あなたに分かるんですか? いや、あなたに分かりますか? 自らが自らを死に至 らしめる恐怖って、どれだけ、どれだけ辛い事か分かりますか? あなたは気まぐれで私の自殺、自己犠牲を止めてしまったのだろうけど、私にとっては、私にとってはね! あ、ああ、も、もう駄目だ。だ、駄目なんだ!」  呆気にとられる溝呂木を他所に、男は饒舌に語ると両腕を抱えてまた震え出した。 「駄目だ! 駄目だ! もう、駄目だ! 死ぬのが怖い! ああ、生きるのも怖い! こ、怖い、怖いよお!」  阿鼻叫喚。突如、男は地面に幾度も頭を打ちつけ始めた。 「き、君、よさないか!」  咄嗟に溝呂木が男の肩を引っ張り上げる。 「私に触るな!」  男は間髪入れず溝呂木の手をはたいた。すると男は口をだらしなく半開きにしたまま、気抜けした状態で空を見上げた。涙と鼻水とヨダレが、目や鼻や口の周りに、ローションのように染み込んでいる。一滴、一滴、粘着質のそれらが地面に零れていく。 「ああ、怖いよお、怖いんだよお、怖いんだじょお」     
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