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あれから七年が経つ。
それなのに妻と息子の顔を鮮明に思い出してしまうのは、この古臭い我が家が未だにあの時と変わらぬ姿を残しているからだ。
漁は日の出る時分が勝負だから、小学生になるはずの幼い一馬と言葉を交わすことはなかった。いつものことだ。
闇夜の中、起き出して献身的に朝飯を準備してくれた薫子に感謝の念を伝えることもなく我が家を後にした。薫子はその日も義理堅く玄関先まで足を運び、小さく手を振って鷹取を見送った。
当たり前の日常がそこで終焉を迎えるなど、考えもしなかった。
薫子は幸せだったのだろうか、いや、恐らくは不条理な最期を迎えておきながら、幸せだったなんて言えるはずがない。
高台にあるこの家まで津波が到達することはなかったが、その時分、薫子と一馬がこの家の中にいてくれたとは限らない。
いるはずがなかったのだ。
あの紺碧の海を愛してやまなかった薫子のことだ。毎日のように一馬と海を眺めに行っていた。ただそれが災いしたのかもしれない。
ようやっと片付く目処がついた山積みの荷物に目線を送る。二十個以上はあるだろうか、薄茶色の段ボール箱。
こんなにも無駄な荷物が多かったのかと今更、計画性のない自分にあきれ果て肩を落とす。
自分自身がそんな人間だから、薫子はここで暮らす羽目になったのだ。自分が薫子を殺したようなものだと思う度、呵責の念に苛まれる。
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