朝顔のゆれる空のしたで

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 朝から鋭く突き刺す陽射しが、航平(こうへい)の素肌を容赦なく照らしつけてくる。中学校の制服の半袖シャツは吸水性があまり良くなくて、背中から浮き出た汗はそのまま背筋を伝って流れ落ちていった。  まだ朝は早いのに、この寺には多くの人が参拝に訪れている。航平は父親に命じられたバケツを手にして、墓にかける水を入れるために古い手押しポンプの前で順番待ちをしていた。  ふわあ、と大きなあくびをして、前のお年寄りが手押しポンプを押すさまを眺めた。キラキラと輝く水を見ていると少しばかり涼しくなる。やっと自分の番になって、航平は顎を伝う汗を右手の甲でひと拭いすると、バケツを水口の下に置いた。ポンプを押そうと少し上体を上げた時、ふと、目の端に寺の入口の門に立つ一人の男の姿が入ってきた。 (うわ、なんじゃ、あの人)  その格好を改めて見て一気に皮膚から汗が吹き出した。ぎらぎらと照りつける朝日の中で、門の近くの男性は黒いスーツを着込んで、ご丁寧に黒のネクタイまで絞めている。  ここは広島の寺町(てらまち)と呼ばれる地区だ。古くて大きな寺院が立ち並ぶところだから、もしかしたらどこかの寺で葬式が執り行われるのかもしれない。 (このクソ暑いのに朝から葬式なんて大変じゃな)  航平は黒づくめの男から視線を外すと、ポンプを勢いよく押した。  はみ出すように供えられた盆灯篭(ぼんとうろう)に隠れた通路にしゃがんで、目の前の墓に手を合わせる。風通りの悪い通路には線香の焚き込めた匂いが留まったままで、肌に浮かんだ汗にまで染み込んでいくようだった。しばらくして航平は瞼を開けて立ち上がったが、隣の母親は航平の足元でまだ熱心に手のひらを合わせていた。 (よく飽きんなあ)  せっかくの休みなのに父親も母親に誘われてこの墓に来た。この半年間、航平の母親は時間があればこの墓か、家では和室に設けられた真新しい仏壇の前に座っている。  母親を挟んだ反対側に居た父親もよっこらせと立ち上がる。両隣の家族が立っても、母親はしゃがんだまま動こうとはしない。この半年で、後ろ髪を結い上げたその白いうなじはすっかり痩せて、このまま霞んで消えてしまいそうだ、と航平は思った。
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