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一瞬息を呑んだあと、笹木に静かに聞き返されて航平はうーんと唸った。そして、
「実は兄ちゃんは高校生のころ、学校の男の先生と付き合っとったんよ。それが親父や学校にバレて大騒ぎになって家出してしもうた。みんなで捜したけれど、東京におったんも兄ちゃんが死んでから判ったんじゃ。それに笹木さん、この暑いのにきちんとスーツを着てきとるでしょ? じゃけえ、もしかして兄ちゃんの東京での親友じゃったんかな? って」
笹木はぽつぽつと航平の紡ぐ言葉を聞いていた。航平の答えが一通り出揃うと、
「……何とも酷い噂が出回っているね。でも、あながちデマだと言うわけでも無いし、君が思っていることも想像ではないよ」
真剣な顔で笹木を見つめる航平に、笹木は困惑の表情をした。
「こんなことを中学生の、それも彼の弟に話しても良いのかな……」
「ええんです。変に隠されて自分の信用ならん奴らから聞かされるよりも」
「初対面の僕を信用しても良いのかい? 僕が自分の都合よく作り話をするかもしれないよ?」
「……そんな奴なら、わざわざ兄ちゃんの墓参りになんかこんもん」
首筋に浮かんだ汗を拭うこともせず、真っ直ぐに視線を向けてくる航平の覚悟に笹木はゆっくりと頷いた。そして、夏の陽射しを跳ね返す川面を眺めて静かに口を開いた。
「純也と会ったのはちょうど一年前。最初は僕は彼の客だったんだ」
「客?」
「……君のお兄さんは生活のために夜の街で男の人たちに体を売っていたんだ。僕は君のお兄さんをお金で買っていたんだよ」
笹木の告白に航平はショックを受けた。でもそれは案外軽いもので、何となく男なのに女っぽい顔だちだった兄ならそんなこともありかな、と思った自分がいた。
「色が白くて綺麗な肌をした子でね。口は悪いんだけれど、どこか擦れていなくて涙脆くて。一度会って僕は彼が気に入って、何度か指名をして気がついたら彼に夢中になっていたよ」
ふふっと笹木が思い出し笑いをする。でもそれはすぐに無くなって、
「あの日は、彼から珍しく呼び出されたんだ。そしてホテルで待っていたら、約束の時間を随分遅れて純也がやって来て。彼は後頭部を押さえてとても真っ青な顔をして足元もふらついて覚束無い様子だった」
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