朝顔のゆれる空のしたで

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 そんなの平気だ。それよりも今、この人を兄の元へ連れていかないと自分は凄く後悔するかもしれない。航平は笹木に、にかっと笑いかけて、 「俺の事は大丈夫じゃ。じゃけど、その前に腹が減ったけえ、何か食べて行かん?」  きゅうう、と鳴った腹の音に照れながら後頭部を掻く航平の姿に、笹木は眩しそうに目を細めると、とても優しい笑顔を見せてくれた。 *** 「航平くん。これはなに?」  寺の近くのコンビニで買った、お供え物と白い灯篭を持たされて笹木は航平のあとを追いながら不思議そうに聞いてくる。 「知らんの? 笹木さん」 「うん、初めて見たよ、こんなの」 「それは盆灯篭ゆうて、この時期の墓参りには必ず持っていくんよ」  説明をしながら朝にも立ち寄った寺の境内の横から墓地へと入り込んだ。目の前に拡がる色鮮やかな光景に笹木が息を呑む。 「凄いな。これはみんな、お参りに来た人が供えていくのかい?」  整然と立ち並んで風に揺れている灯篭に笹木が感嘆の声をあげた。その中をまるで竹林を掻き分けるように航平は進んで、笹木も手にした灯篭が引っ掛からないように高く掲げてついてきた。迷いそうな通路を歩いて、やがて磨きあげられた御影石の前に笹木を案内した。 「これが兄ちゃんの墓」  今朝、母親が持ってきた花がもう萎れ始めている。航平は破れて骨組みだけになった灯篭や枯れた花を片づけると、 「笹木さん、その朝顔、そこに挿して」 「朝顔?」 「その盆灯篭、朝顔灯篭とも言うんじゃ。ほら、形が似とるじゃろ?」  確かにラッパ状に開いた六面に和紙を貼られた灯篭は朝顔の花を思い浮かべる。 「どうして、純也のお墓だけ全て白い灯篭なんだい?」 「初盆を迎える人のは白なんじゃ。次の年からは赤とか青の色がついたんを供えるんよ」  片づいた墓の前にふたりは持ってきた品を供える。笹木がお供えに選んだのは、小さなボトルに入った赤ワインとメンソールの煙草だった。  ワインはそのまま瓶で供えて、煙草は封を開けると笹木は一本を口に咥えて火をつけた。ふぅ、と唇から燻らせると、細く煙が上る煙草を線香代わりに立てる。いつもの線香とは違う、爽やかな香りが航平の鼻先をくすぐった。
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