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「兄ちゃん、煙草を吸いよったんじゃね」
「うん、この煙草と赤ワインは好きだったよ」
「うちからおらんようになったとき、兄ちゃんは高校生じゃったけえ」
高校生、と呟いた笹木を墓の前へと誘うと航平はその場にしゃがんだ。
「ほら、笹木さんも座り。兄ちゃん、笹木さんを連れてきたで」
御影石に声をかける航平の隣に笹木も腰を下ろす。メンソールが一層近く香る中をふたりで並んで手を合わせた。
なむなむと形ばかりに拝んでちらりと隣の笹木を横目で見ると、彼は流れる汗も気にもせず真剣な横顔で瞼を閉じていた。
(結構な男前じゃな)
航平が立ち上がって笹木の横顔を眺めた。やがて彼は瞼を開くと御影石を慈しむようにゆっくりと見上げた。
「兄ちゃん、ここにおるんじゃろ? 出てきて笹木さんに、いらっしゃい、くらい言えよ。いつも俺には挨拶はちゃんとしろってうるかったくせに」
墓石に苦言を言ってもどうしようも無いことは分かっている。だけど、航平はなぜか兄に向かって文句を言いたくなった。
「地獄の釜のふたが開いとるうちはここに帰って来とるんよな? もしかして俺が昔みたいに大声で、おかえりって言うたら出てくるんか?」
「――っ、航平くんっ、それって」
驚いたような声をあげた笹木を見おろすと、彼は大きく眼を見開いて航平を見ていた。
「それはいったい……」
「地獄の釜のふた?」
「違うよ、おかえりって……」
ああ、と航平は汗で湿った頭を掻きながら、
「小さい頃の兄ちゃんは親がふたりとも仕事でおらんけえ、いつもひとりぼっちで留守番しよったんと。それが俺が産まれて、学校から帰ると俺に、おかえりって出迎えてもらえるんがうれしかったって」
幼い頃、両親に怒られて小さな家出をした自分を捜してくれた兄に言われた言葉だ。
「挨拶はいつも大きくハキハキとしろって、自分はナヨっとしとったくせに、兄ちゃんは俺によう言いよった」
照れ隠しに頭を掻く航平を見ながらも、笹木の視線は掴みどころなく宙を游いでいた。そして、がくんとその場に跪くと、そうか、と呟いた。
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