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丘の上の美術館
五月。濃緑。木かげ。丘の上。坂道は急になだらかになって、自転車をまた漕ぎはじめる。ペダルが真下に届く音。
最近覚えた曲を聞こえないくらいの声で口ずさんで、気づいたらもう扉の前に着いていた。
螺旋階段、昇って右手。大きなポスター。二日ぶりに会う彼がふとこちらを向く…向いてくれたらいいのにな。
「たかしくん」
ポスターに見入っていた彼がようやくこちらを向く。
「あ、覚えてた」
「覚えてないと思ったの」
「ゆっちゃんなら有りえると思って」
チケットを手渡しながら、ふわりと笑う。彼の声で「ゆっちゃん」と呼ばれるのは嬉しい。子どもの頃のあだ名。今もまだ子どもといえば子どもだけれど。
特別展に行こう、と誘ってくれたのは彼のほうだった。
平日はこの頃、毎日この美術館で会っていて、でもいつもの場所で会うのとは違って、場所を決められて会うのはいい。偶然じゃないのがいい。
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