木曜日、再びテラス

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木曜日、再びテラス

 待っているけど彼は来ない。絵を見に行っているのかもしれない、通常展の入り口にいってみたけど、やっぱりいない気がして入るのは辞めた。  昔彼を突き飛ばした罰だろうか。私がここに来たから彼はここからいなくなって、私のいなくなった美術室にいるのかもしれない…こんなこと考えてしまってどうしよう。  たった一人の同期がなつめじゃなくて彼だったら、私はまだそこにいたのかな。これも考えないほうがいい。  なんで突き飛ばしたんだろう。それも靴箱の横の傘立てなんかに。傘立ての中で、泣き出す前の一瞬の、彼の表情が離れない。今よりも柔らかそうな髪の毛の、淵の部分が外から来る光に溶けている。  あの日も夕方だった。今と同じ、放課後。日付は覚えていないけれど、春に近い冬の金色の夕日。  隣にはなつめがいた。今でさえなつめとはあまり話さないけれど、家は近くて、あの頃はよく一緒に帰っていた。なつめと話してるときにたかしくんが私を呼んだんだ。 「ゆっちゃん!」  ひょこひょこ、髪を揺らして、こっちに駆けてくる。 「絵、落としたよ」  そのあと、三人で絵の話になって、 「ゆっちゃんの絵には、線がないよね」  彼が言った。あの時の絵、思い出した。パステルで描いた校庭と青空。思いきり単純なやつ。空と地面と遊具。線がないからなんの絵かちょっとわかりにくい、ってたかしくんに言われた。 「わかりにくいってことは、勝手なんだね!」  なつめが言った。直後私は、たかしくんを突き飛ばした。  次の日、先生に怒られて、なつめに絶交された。何より悲しかったのは、それからずっと、隣の席のたかしくんと話せなかったこと。  だけどこれって、私が反応したのはなつめの言葉だ。なつめはその頃「勝手」っていう言葉を使い始めて、私はよく意味が分からなかったけど、「あんなに宿題出して先生は勝手」とか、責めてる感じは分かったから嫌だった。  彼を部に誘ったのも、私が「勝手」だから、その罰かも…こんなこと考えてしまって、私はなつめのこと嫌いになりたいのかな。  だけど、私が部を辞めてから美術館に通ってることとか、彼と会っていることとか、彼に対する気持ちとか、なつめは知らないはずだから。私がなんでたかしくんを突き飛ばしたのかわからないのと同じで。
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