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金曜日、放課後、夕暮れ
「ゆっちゃん」
彼が、学校の廊下で、控えめに声をかけてきた。学校で彼と話すのは、中学生になって初めてのこと。廊下で隣に並んで歩くの、少し嬉しいけれど、
「美術部はどう」
「入ろうかなと思ってる」
階段。涼しい日かげで、彼の髪の毛はさらさら揺れる。
「美術部でも飛行機と船の絵描くの」
「まさか。他の絵も描くよ。この前の特別展みたいな風景画とか。美術の授業の絵とか」
なっちゃんも授業の絵見て声かけてくれたんだし、となぜか小声で呟く。私が抜けて、なつめが部員を探しはじめて、彼の絵を見つけて声をかけた、けっこう簡単な話。
「なっちゃん」はいいな。くっきりしてて、女の子らしい響きがする。
「そういえばゆっちゃんも美術部だったんだね」
「もう辞めたけどね」
靴箱の前で足を止める。遠くから運動部の掛け声。今は放課後。私は鞄を持っていて、彼は鉛筆を持っている。
「なつめ、私のこと何か言ってた」
「んー、寂しいけど、あの子の勝手だからって」
自転車の車輪を回す。合わせて、何回か歌った歌を口ずさむ。
五月の夕方はまだ来ない。靴を置いて外を見ても、白くて眩しいだけで、あの時の色は見えない。多分冬になってもあの金色にはならないだろうけれど。
空はうっすらと水色。雲に少し桃色が混ざって、急がないと、早くももうすぐ夕焼けかもしれない。
小学生の頃、お絵かきが好きで、色鉛筆やペンや水彩絵の具なんかをよくプレゼントでもらった。中でも気に入ったのがパステルで、学校にも持っていって書いてたの、忘れてた。昨日久しぶりにケースを開けてみたら、ほとんどが半分かそれ以上に折れてしまっていたけれど、柔らかい、いろんな色。
空を描くのが好きだったから、水色ばかりがすり減った。これからは他の色も日の目を見るでしょう。
行先は丘を登る坂の途中の公園。夕方の空の色が好きだから、写せばいいと思った。私が、私に見える曖昧さで。鞄の中のパステルがかたかたと鳴る。
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