第1章

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 DVDプレイヤーの待機電灯をテープで隠す。スマホはバッグの中に入れてある。これで部屋の電気を消せば、準備完了だ。  あるオカルトサイトで知った降霊術。深夜十二時、真っ暗にした部屋でロウソクを灯す。明かりはそのロウソク以外あってはならない。そして四隅に赤い点を打った鏡をテーブルに置き、呪文と、今は亡き会いたい者の名を唱える。もしも死んだ者も会いたいとあの世で願っているのなら、鏡の向こうに姿を現す、というものだ。  私には、会いたい人がいた。私が六歳の時、殺された、「兄」。  知らない男に声をかけられたのは、十二年前の事。その時、まだ幼かった私と「兄」は、自分達の住むアパートの踊り場で話をしていた。 「母が仕事先で倒れた。病院で目を覚ましたが、娘さんに会いたがっている。すぐに来てほしい」  そう言うと、男は私の手を掴んでどこかに連れて行こうとした。  私は「やだ!」と悲鳴を上げ、腰を落として抵抗した。けれどしょせんは子供の力で、引きずられて行く。 「何するんだ!」  「兄」は私の手を引っ張った。 「チッ!」  男はすごい表情になると、ポケットからナイフを取り出して――   そこで私の記憶は途絶えた。  ロウソクに火を灯すと、鏡の反射もあって一気に部屋が明るくなった。鏡には、蒼ざめ、思いつめた表情をした自分が映っている。  私は呪文を唱え始めた。情けなく声が震えている。  次に私が気付いたときは、病院のベッドの上だった。  母は、「なんどもあなただけでも助かってよかった」と言った。  父は、兄のことを立派だったとほめた。  「兄」は、私の楯になって亡くなったらしい。遺体は見せてもらえなかった。 鏡の表面がシャボン玉の表面ように虹色に揺らめいた。私の虚像は、水に溶いたように歪み、伸び、不気味な心霊写真のようになって行く。 もやもやとした流れは少しずつ固定して、懐かしい「兄」の姿が浮かび上がった。  その当時の子供の姿をして、青白い顔で。その日に着ていた洋服は、刺された腹の辺りに真っ赤な血のシミがある。  この降霊術は、相手も会いたいと思っていないと現れない。「兄」も私に会いたいと思っていたんだ。そう思うと嬉しかった。 「ああ、あーちゃん、会いたかったよ」  「兄」は昔通りのあだ名で私を呼んだ。 「私、ずっとお兄ちゃんに会って謝りたかったの」
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