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会ってもらえないほど嫌われていたらどうしようと思っていた私は、少しほっとした。鼻の奥が痛くなり、涙が滲んだ。
「だって、私を守ってお兄ちゃんは……」
「兄」は鏡面に小さな手の平をあてた。
鏡越しに、「兄」の手に自分の手をあてる。いつかドラマで見た、囚人の面会シーンのようだと思いながら。
ふいに「兄」は悲しそうな顔をした。
「なんだ、忘れちゃったの? あーちゃん」
めくれた袖から見える「兄」の腕に、青い痣が見えた。今まで暗がりで分からなかったが、首筋にも薄い痣があった。
私はなんだかそれにひどい違和感を覚えた。
「僕はね、刺された後もしばらく生きていたんだよ」
「え?」
言われて、私は違和感の正体に気づいた。
男に刺されるまで、兄にそんな痣はなかった。そして刺されてその場で倒れたなら、そんなにひどい痣ができるはずはない。
じゃあ、どこでついたのだろう?
これ以上この事を考えてはいけない。そう思うけれど、思考は止められない。
鏡の一部が氷のように溶け、「兄」が私の手を握った。ヒンヤリとした感覚が肌を通り肉に染み込む。
「ねえ、その時のこと、本当に覚えてないの?」
そうだ。あれから、私は倒れた「兄」の体を両手で転がし、階段から落としたんだ。痣は、その時についたものだ。
おそらく、「兄」は階段を落ちたときにナイフが深く刺さって死んだのだろう。
通りすがりの人が現れたのは、その後だった。そして誰も、まさか幼い私が「兄」を殺したとは思わなかった。
忘れていた。いや、忘れようとして、本当に忘れてしまったのだ。
「兄」は私とは半分違う親の血でできている。私を産んだ母を亡くしたあと、父の後妻が連れてきた子供が「兄」だった。
父は、私と「兄」に分け隔てなく接した。だから、私は、半分しか血の繋がらない「兄」が嫌いだった。私から父を奪ったから。父から大好きだった母を忘れさせた、嫌な女の子どもだから。
ギュッ、と私の手を握る力が強くなった。
「僕は、ずーっとあーちゃんと会いたかったんだよ。だって、僕を殺した人だもの」
「兄」は鏡の中から私の腕を強く引っ張った。
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