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「お疲れ様」
と井川先輩は、髪をかき上げて、映像の中の役割にさよならをした。けれど、素のまんまだった私は、心も身体も映像の中から帰って来れなかった。帰りたくなかった。
動けないでいる私。ただ、しばらくあらぬところを見つめていた私の視野に、再び井川先輩が。
「大丈夫? 天城さん」
と名字を呼ぶ。私は、呆けた返事をした。すると、私をしばらく見つめていた井川先輩の口から思わぬ言葉。
「前髪、上げた方が良いよ。その方がきっと、可愛く見えるし、天城さんも明るくなると思う」
それは、さっきまでのどんな演技よりも、私の心に真っ直ぐに響いた。
口がぽかんと開いてから、やがて何かを噛みしめる。その動きを早苗が見て、静かに微笑む。
ようやく現実に舞い戻った私の中に、それは芽吹いた。
ちょうど、花を散らした桜の枝に、緑が宿るように。
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