4 仲田梨恵子

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 そうだ。実は私は知っているのだ。平田君が、私の気持ちに気付いていながら知らない振りをしていることを、私は知っているのだ。私だって馬鹿じゃない。今までに何度も、真剣な恋愛の話になると意図的とも思える冗談や雑談で話を逸らせる平田君を見ていて、気が付いてしまったのだ。ああ、この人はこの話を深めることを望んではいない、と。だから私も冗談には冗談で応じる。狸と狐の化かしあい、傍から見ればそれは滑稽でしかないだろうと分かっている。それでも、私は、冗談に応じるしかないのだ。    そうすることで、私は、友人と恋人との境界に引かれた薄い線を踏み外さぬように、慎重に、慎重に、細心の注意を払いながら、足を一歩一歩と出していくのだ。  私はいつのまにか手元にあったキューバ・リブレにやっと口をつける。炭酸の爽快さと、甘さと苦味が見事にブレンドされたフレーバーに、ふっとリアリティが揺らぐ。 「おいしい。」  私がそうつぶやくと、それを横目に平田君は得意そうに、 「だろ?なんたって、ヒラタ・リブレだから。」  と、面白くもない冗談を今度は自分から口にした。なんだってまたそんなことをわざわざぶり返すのだ、この人は・・・と、半ば呆れつつも、しかし微笑ましく思っている自分に気付く。自分自身に向けて苦笑いをする。  私は、さっきから左手の小指にはめられた指輪を付けたり外したりしていることに気付く。どうやらこれは私の癖らしい。十七歳の誕生日に、それまでプレゼントなんてくれたことのない父が、「お前も、もうそろそろ女だからな」と訳の分からない理由でくれたものだ。父にしてはセンスが良い繊細なデザインで、私は一目で気に入ったが、残念なことにサイズが合わず、かろうじて小指にフィットするが、少しぶかぶかに感じて違和感がある。そのせいか、私は無意識のうちにその指輪を付けたり外したりするようになったようだ。
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