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5 平田自由
もう知らぬ存ぜぬはできない。もう道化達のショウも終幕が近づいている。これ以上延ばしても意味がない。分かっている。気付いている。知っている。「オーケイ、分かった。その、『その人』っていうのは、俺のことだろ?」と、言ってやれば良い。そうすれば、・・・・・。
そうすれば、どうなるっていうんだ?
確かなことは、その瞬間に、何かが決定的に損なわれ、また何かが加速度的に始まるということだ。終わりは始まりでもある、とはよく言われるが、まさしくそうだろう。そして僕は、相も変わらずその始まりを恐れて、カカシのように呆然と屹立しているのだ。
沈黙がバーを支配する。沈黙はある場合には饒舌より雄弁だ。この、返せない言葉によって、彼女は僕が彼女の気持ちに気付きながらも知らぬ振りをして、それ以上先に進むのを避けていることをより確信を持って知るだろう。早く何か言わないと・・・だがなかなか言葉が降りてこない。
「あ、コロナ・ビールを。」
これ以上の沈黙に耐えられず出た言葉は、新たな酒の注文だった。駄目だ、駄目すぎる。仲田さんも、きょとん、としている。また逃げるつもりだ、僕は。
「うむ、想いをこのまま燻ぶらせるよりは、ちゃんと伝えた方がいいんじゃないかとは思うけど、問題は彼が仲田さんのことをどう想っているかだよね。」
やっとのことで言葉を紡ぐ。
「そうなんだよねぇ。その人の私への好意が分かればすぐにでも気持ちを伝えることが出来るんだけど、正直、私、その人が私をどう想っているか、よく分からないの。考えれば考えるほど分からなくて、もう、まるっきり分からなくなって、混乱しちゃうの。混乱すると足が止まる。何もできなくなる。そして堂々巡り。・・・・駄目よね。」
「駄目なんかじゃないよ。俺だって、仲田さんの立場ならそうなっていたと思う。」
言いながら、茶番にも程があると嘲笑したくなる。ああ他でもない、僕は彼女の立場になって僕自身のことを考えているのだ。
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