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「でもたとえそうなったとしても、その人と出会えて得た喜びっていうか、幸福感っていうのは確かにあっただろうし、それで全てがおじゃん、なんてことにはならないんじゃないかな?そこはもう信じる・・・って言うとちょっと大袈裟だけど、そういう風に、いい意味で楽観的でいるほうがいいと思うけど。」
そういって僕はグラスに僅かに残っていたカシスソーダを咽喉に流し込んだ。咽喉が熱くなり、同時に視界が少し歪曲する・・・・幾分酔いが回っているようだ。けど間を空けず、次を(おそらくもう6杯目だ)オーダーする。キューバ・リブレを頼んだ。カクテルは、女の子を酔わすための飲み物だっていうのに。
「あ、いいね。次、私も真似しよっかな。」
「そうするといい。美味しいよ。」
「ねぇ、何で“キューバ・リブレ”って言うの?」
「キューバ戦争の時に使われた『ビバ・キューバ・リブレ!』に因んでるんだ。つまり『キューバを自由に!』ってさ。キューバの独立を助けたアメリカ人将校がハバナのバーで、キューバにアメリカ兵と共にやってきた人気のドリンク、コカ・コーラと、地元で最も人気の酒、バカルディをミックスすることを思いついた。そして、大勢のアメリカ人将兵たちが次々にこのドリンクをオーダーし、“キューバの自由”のために乾杯し、『キューバ・リブレ!』と雄叫びをあげたのが誕生の由来らしいよ。」
「へぇ。さすがよく知ってるね。」
「余計なことばかりだけど。」
それからまた沈黙が濃霧のように狭い店内を満たした。話が逸れた。いつも俺はこう大切な話になると、どうでもいいことを熱心に語って、核心を避けてしまうんだな、と自嘲する。
店内にはジャズが小さな音量で流れている。ジャズはあまり詳しくないが、今流れているのは有名な曲なので知っている。確か、チャーリー・パーカーの『Now is the time』だ。皮肉な滑稽さだ。『今がその時』・・・か。
「キューバ・リブレです。」
バーテンダーがコトリ、とグラスを僕の前に差し出した。
「あ、じゃあさ、平田君が頼んだから、ヒラタ・リブレだね。」
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