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「それ、薄々言うんじゃないかとは思ったけどね。」
僕がそういうと、彼女はおどけたようにムッとしたフリをした。
「わざわざ地雷踏んであげたんじゃん。誰かが踏む前に。」
「俺が踏む前に?」
「そう。私が言わなかったら、平田君が自分で言っちゃうでしょ。」
「確かに。それで下らないこと言ったって後悔していただろうね。守ってくれたんだ?」
「感謝しなさいね。そして悔いなさいね。女の子に恥をかかせたって。」
「申し訳ない。」
「謝らなくていいよ。本当、いつも誠実なんだから。」
「誠実なんかじゃないよ。」
そう、誠実なんかじゃない。決して。誠実なんかじゃないのに、彼女は僕のことを誠実で真面目だと思っているのだろう。いや、あるいはそう願っているのだろう。いや、あるいはそれを投影しているのだろう。幾分ご都合主義的な『誠実』っていう映画を、僕というスクリーンに映し出しているのだ。
「それにしても、『自由』って珍しい名前よねぇ。今までの人生で何度も言われて辟易してるかもだけど。」
「それを言われたの、今日で記念すべき千回目だよ。おめでとう。」
「嘘。冗談でしょ。」
「まぁね。でもそれくらいは言われていると思うけど。」
ああ、いつまで経っても一向に話が進まない。違うだろ。そんな下らない掛け合いをするために俺をこんなバーに呼んだわけじゃないだろう。
だが彼女を責めるわけにはいかなかった。なぜなら、僕だって避けていたのだ。永遠に地球の周りを周りつづけ、引力で引きつけながらも決して接触しない月のように。僕だって、思わせぶりにしたって結局のところ、それを避けているのだ。
同じだ。彼女も月も地球も僕も。
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