3 平田自由

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3 平田自由

 彼女が僕に好意を持っていることは、いくら鈍感な僕でも察しはついた。最初は「もしや」だったが、次第に「どうやら」になり、今は確信に変わっている。  それは彼女の僕を見るちょっとした視線や、態度や、ムードから分かった。それが分かった時、僕はどう思ったのだろう。恐らく、嬉しかったはずだ。けれどもそれは誰にでもある「人に好かれたい」という気持ちから来るものだったはずだ。なぜなら、その後僕が取った態度は、「彼女が僕を好きなことを気づいていない振りをする」というものだったからだ。  結論の先延ばし。そうかもしれない。でも、一体僕は何を恐れているのだ。  先週、高校時代のクラスメイトと飲んだときに、僕は仲田さんのことを相談してみた。するとそのクラスメイトは羨ましがるだけで、なぜ僕がそのような態度を取るのか不思議がっていた。そして、「いいじゃないか、その・・・仲田さんだっけ?が好きだって意思表示してくれてるんなら。チャンスじゃん。ヤれるぜ?簡単に。」とニヤニヤ笑いながら言った。僕は適当に話をあわせながらも、もうこの男には絶対に心を開くまい、と心に誓った。  店内のBGMはいつのまにかアメリカのポップスに変わっていた。聞き覚えのあるメロディだが、何の曲か思い出せない。  僕はキューバ・リブレの半分を一気に咽喉奥に流し込み、溜め息をついた。そして横目で仲田さんを見る。彼女はどこか遠い目をして、グラスを揺らしている。グラスの中の氷が、カランカランと心地よい涼音を響かせる。そしてグラスを揺らすのに飽きたかと思うと、今度は左手の小指につけた繊細な花の装飾が施された指輪を、付けたり外したりする。  これは彼女の癖だ。仲田さんは、何か言い出しにくいことや気持ちの落ち着きどころがなくなると、右手をそっと左手の小指に持っていき、指輪を抜き差しする。その行為は、彼女の精神の揺らぎを鎮める儀式のようにも見える。その時の彼女の表情は神妙で、どことなく悲しげで、麗しくさえもある。  僕はそんな仲田さんを、見るともなく見ている。
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