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「ねぇ平田君。」
「えっ。」
急に彼女が話しはじめたので、僕はびっくりした。それまで浮遊していた意識が急に自分自身に収斂する。
「さっきの続きだけどさ。」
「え、なんの?」
さっきの続きと言われても、どの続きなのかすぐに思い浮かばない・・・というのは嘘だ。分かってる。分かっているんだ、何の続きかは。
「もし私がその人に想いを告げてさ、それで駄目だっても、すべてがおじゃんにはならないから信じるしかないって平田君が言ったことよ。」
「あ、ああ。いや、本当にそうだと思うけどな、俺は。」
言葉に説得力がないのが自分でも分かった。だって、もしそうだとしたら、なぜ俺はこんなにも逃げているんだ?結局のところ、僕も恐れているんじゃないのか?“全てがおじゃん”になることを。
僕は友人として、仲田さんに純粋に好意を抱いている。話も合うし、逆に話さなくても気疲れしない。人付き合いが苦手な僕には、とても貴重な、いや最も貴重な友人のひとりかもしれない。
でも、僕が男で、彼女が女である限り、そのような友人関係は、ごくごく薄い線上に拠っている。それは当たり前に見えて、実はすぐにでも崩壊しかねない砂上の楼閣なのだ。いや、崩壊というのはちょっと違うかもしれない。我々の位相が、決定的に変質してしまいそうなのだ。つまり、「今ではない状態に」なってしまうのではないかということだ。それがどのようなものであるかは分からない。けれど、それは「今のこの状態」ではないのは確かなのだ。
だから僕は彼女の気持ちに気づかない振りをしている。彼女が告白してくるのを恐れて、そうなりそうな気配があると話をはぐらかしている。
僕らはまだ友人でいたい。
僕らは、まだ友人でいたいのだ。
・・・まだ?それは一体いつまでだ?
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