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「もー、一色くんのばかばかばか。あー恥ずかしかった」
[ロバの耳]からの帰り道、千秋は一色の背中に真っ赤な顔を埋めながら、ぽかぽかと叩き電車ごっこのような格好で歩いていた。
忠誠の儀式のあと、会員達からの祝福を受けひと盛り上がりしているところに、後から来た会員達に会長が説明して、また盛り上がって、アンコールをリクエストされて、寸劇を3回もやらされてようやく帰ることになったのだ。
[嵌めたでしょう、絶対嵌めたでしょう]
「だって断られたくなかったですから」
「あんな事をしなくても、今までどおり味方でよかったじゃない」
「それじゃダメなんですよ。僕はチーフに仕えたいんです」
「どう違うのよ」
「チーフに萌えた感情って[敬愛]なんです」
「敬愛?」
「性別も年齢も越えて[人]として尊敬しているんです。だから[味方]なんていう対等ではなくて[主従]の関係になりたかったんです。それが[敬]の部分です」
「そんな関係にならなくても……、じゃあ[愛]は? 私に恋愛感情は無いんでしょう」
「はい」
背中に拳を一発入れる千秋。
「まあ[愛してる]ではないですが[愛らしい]と思ってますよ。特に今なんか」
くすくすと笑いながら、一色は背中の感触を楽しんでいた。
「それに思わぬ余録があったじゃないですか。[ロバの耳]の特別名誉会員なんていう」
そうなのだ。いちおう会則には明記してあったが、なったものは誰もいないという特別名誉会員に千秋は満場一致で与えられたのだ。
これになると会長はじめ全会員のバックアップを受ける事が出来るようになる。千秋は社外に強力なパイプを持つことになったのだ。
「本社トップになるために役に立つと思いますよ」
「やだ本気にしたの。あれ今日だから言っただけよ」
「本気で言ったでしょ、ちゃんと分かってますよ。僕はどこまでもついていきます」
本当に一色くんは鋭いなと思うと、千秋は足を止め、背中から顔を放し真剣な声で言う。
「危険なのとても、だから……」
「だから巻き込みたくないんでしょ、チーフの性格は分かってます。たしかに今の僕では頼りないかもしれません。だけど力をつけます。権力も組織力も、なんなら腕力だって」
振り返り真剣な目で話す一色をみる。スマートなイケメンが筋骨盛々なマッチョになる姿を想像してくすりと笑う。
「ありがとう……」
千秋は涙が出そうになった。
トップを目指すとは言ったが、考えれば考えるほど不安になっていた。
たしかに独りでは何も出来ない、今回の事でそれは身に染みた。上を目指すにはどうしても助けが、仲間がいる。
一色の気持ちを千秋は素直に受け入れる事にした。
「これからも頼りにするからね。こき使ってあげるから一緒に上を目指しましょう」
「よろこんで」
2人は力強く手を握りあった。
これがのちに数々の逸話をつくる
[エクセリオンのジャンヌダルク]と呼ばれた佐野千秋の
最初の逸話であった。
ーー 第一部了 ーー
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