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「は? な、何を……」
何を言ってるんだと言いきる前に、矢継ぎ早に責められる。
「返しなさいよ、あれは大事な仕事のファイルなのよ、あなたが持っていても何にもならないのよ」
そんなもん盗るか。コイツは何をやり始めたんだ、私を冤罪で捕まえさせたいのか。
「失敬だな、私は何も盗ってない」
「じゃあそれはなに? 大事そうに抱えているのは盗ったからでしょ」
「もし盗ったとしてもそんなあからさまな態度をとるか。これは焼き物だ瀬戸物だ、割れないように抱えているんだ」
「だったらそれを見せなさいよ」
「断わる。一点物なんだ、こんな揺れるところで出したくない」
なんのつもりだか知らないがこれ以上つきあいたくない。周りがこのやり取りを注目しているからだ。
駅についたらすぐさま降りて逃げ出そう。
なんの協力か知りたいという好奇心もあるが、身を護る方が大事だ。この女に関わるのはおそらく危険だ、私の近づくなセンサーが反応している。
「尾張壱ノ宮〜 尾張壱ノ宮〜」
荷物を抱えて女とにらみ合って無言でいる。向こうも無言のままだ。
到着して扉が開くとすぐさまホームに降りる。
運良く目の前に改札へと続く階段があったので駆け下りると、後ろから追いかけるような足音がする。
「待たんか、それを渡せ」
──女の声じゃない、男だ、それも私と同じくらいの歳頃っぽい。
「泥棒、それを返せ」
なんでオマエが追いかけるんだ。正義の味方のつもりか。冗談じゃない、騒ぎを大きくするなよ。
慌てたので躓く。私は足の甲が硬いので階段下りが苦手なのだ。手すりを掴んで落ちずにすんだ。
「おわっと」
落ちずにすんだ筈だったのに、追いかけてきた男がぶつかってきたので手すりを離してしまい、結局転げ落ちてしまった……。
「ちょっと大丈夫? ケガはない?」
さっきの女が声をかけてくる。とりあえず私の上に乗ってる男をどかしてくれ。
「何事ですか」
様子がおかしいのを察した職員がやってくる。あゝ騒ぎが大きくなってしまった。このあとどうなるんだ私は……。
──三十分くらい後、私はびっこをひきながら馴染みの店へと向かっていた。
警備室に連れていかれ事情を訊かれると、女が私に大事な書類を盗ったと勘違いしたと話し、私に謝罪した。
協力してくれと言われたことは黙ってほしいということなんだろう、勘違いならしょうがないよと許すことにした。
追いかけてきた男も私に謝ると、そそくさと出ていく。
何事もなかったということで、私も開放されたのだ。やれやれ助かった。
──ところでいつまでついてくるんだろう。
女がずっとついてくる。
たぶん話しかけたいんだろうけど、私はもう関わりたくないから無視し続けている。
このままついてこられても困る、仕方ないなと私は足を止めた。
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