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洋酒の店
ロータリーへと渡るスクランブル交差点の赤信号で足止めされたついでに話しかける。
「まだなにか」
「……ごめんなさい、それ弁償します……」
申し訳無さそうに言う女が指すそれは、私が買ったばかりでまだ封も開けてない陶器のことだ。
追いかけてきた男がぶつかった拍子に落としてしまい、誰が聴いても確実に割れただろうという音を響かせて階下まで転がったのだ。
「気にしなくていい。これは事故で割れたんだ、あなたのせいじゃない」
「でも」
「さっき一点物だと言ったろう、弁償しようがないんだ。私が購入した時点でこれは私の管理下にあり私の不注意で割ってしまったんだ。あなたには関係無い」
「でも私が巻き込んだから……。せめておカネだけでも……」
「必要ない。あなたの申し出を受けたのは私の意志だ。だから私の責任なんだから気にしないでくれ」
意地悪ではなく本心でそう思っている。
女に関わるとろくなこと無いのに、いざその場面になると関わってしまう。自分の情けなさに腹を立てているのだ。今はとにかく関わらないでほしい。
青信号になったので、それじゃと言って足早に横断歩道を渡り始める。
足の痛みはひいたようだ、普通に歩ける。
それとも怒りでアドレナリンが出たため麻痺しているのだろうか。
どっちでもいい、とにかく女から離れよう。
そうさ、女に関わらなければ私は運が悪くならないんだ、人並みの人生をおくれるはずなんだよ。
ロータリーを右に折れて本町商店街を横切り、信号交差点手前二軒目のお店に着く。
入って当たり前のように扉を押し開けて中に入ると、いつもの声が聞こえる。
「三ちゃん、いらっしゃ〜い」
洋酒の店ともしびのマスターの声にホッとする。やれやれ日常に戻った安心感だ。
店内は土曜の夜だけあって混んでいた。カウンター席は二、三まばらに空いていたのでマスターに訊ねる。
「マスター、上か下の席空いてる」
「どっちも空いてるよ」
「じゃあ下に行くわ」
ともしびの奥はボックス席なのだが、半地下とロフトの上下にできている。
たしか半地下の方に対面二人がけの席があったので、そこに陣どることにした。
「いつものでいいですか」
「うん、それとボンドか瞬間接着剤があったら貸して。無かったらいいから」
「はい。ってどうしたんです」
注文をとりにきたチーフが不思議そうに訊くので、荷物を見せながらこたえる。
「瀬戸物を割っちゃったみたいなんだ。開けてみて直せそうかどうか見たくてね」
「ああ。わかりました、みてきます」
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