11人が本棚に入れています
本棚に追加
/252ページ
チーフが戻るのを見送ってから荷物を取り出し開けてみる。
やはり割れていた……。
粉々とまではいかずに、大きく不均等に五つくらいに割れていた。
「やれやれ。せっかくの蕎麦猪口だったのになぁ、接着して修理できても使えるかどうか……」
本当に女に関わるとろくなことがないな。
とりあえずこれ以上欠けないように慎重に組み立ててみる。細かすぎてピンセットを使わないと持てないところは後まわしにして大きな欠片だけ組み合わせてみたが……。
「ダメかあ。どう見ても穴が空いてしまう」
せっかく手に入れたのに使わず終いか。
「どうです、小川さん」
いつものロックのセットとキープしてあるブランデーを持ってきながらチーフに訊ねられたが、首をふるしかなかった。
「捨てますか」
「いや、作家さんに申し訳ないから直せるところまで直して家に飾っておくよ。デザインが気に入ってるからこれを見ながら家呑みすることになるかな」
「それならウチに飾りますか」
「気持ちだけ受け取っとくよ」
割れた物を飾らすわけにはいかないしな。
これ以上欠けないように慎重に仕舞って、届いたロックグラスに自分で氷を入れてブランデーを注ぎ蕎麦猪口の冥福を祈って杯を空けた。
上の地上階の喧騒が聴こえてくる、今宵も繁盛で何よりだ。
サーモンのカルパッチョをツマミに三杯ほど呑んだところで、お店をあとにした。
ほろ酔い気分で自宅、というかアパートの自分の部屋に戻ると、荷物をテーブルの上に置いて着替えもせずに万年床にもぐり込む。散々な日だったことが思い返されるが、酔いにまかせて寝ることにした。
忘れよう、今日はなにもなかったのだと。
翌日、テーブルの上の荷物を見て残念ながら何かあった事を思い出してしまう。
使いさしの瞬間接着剤とピンセットを戸棚の引き出しから取り出すと、あらためて破片を並べて確認して慎重に繋げてみる。
「ふう、なんとか元にもどったな」
器用な方ではないがなんとか破片を全部繋げれた。
だがやはり光の加減でひび割れは見えてしまう、試しに水を淹れてみたが、やはり溢れてくる。あらためてがっかりしてしまった。
「金継ぎみたいにまんべんなくやるべきだったか」
ひびだらけの蕎麦猪口に向かい手を合わせて謝罪すると、流しの上に置く。ごめんな。
無事直せたら許せると思って頑張ってみたが無理だったな、昨夜の女はいったい何のつもりであんなことしたんだろう。
今さらながら好奇心が湧いてきたがもう遅い。それに好奇心と災難除けを秤にかけたら、やはり災難除けに傾いたからな。モヤモヤするけどやはり忘れることにしよう。
最初のコメントを投稿しよう!