洋酒の店

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 ──一週間後、珍しくともしびにやってきた。  常連客なのになにが珍しいかというと、ひとり呑みをする私はお店に迷惑かけたくないので、比較的客が少ない平日に来るのが多い。  今週は仕事が多かったから疲れてしまい、呑みに出かける元気が無かった。なのでたまたま週末となったのだ。  中に入ると八割がた席が埋まっていた。 「三ちゃん、いらっしゃい……え〜っと、席何処にしよう」  空いている席のどれに座るかと訊かれて、どこにしようか迷っていると、お客さんのひとりが手招きする。 「三の字、こっち来いよ」  顔馴染の常連客、保っちゃんこと氏永保(うじながたもつ)だった。ありがたく隣の席に座る。 「珍しいな週末に来るなんて」 「今週は忙しくてね。保っちゃんは相変わらず皆勤賞かい」 「まあな。ここはオレが来ないとやってけないからよぉ」  相変わらず根拠のない自信に満ちてるなと苦笑しながら隣に座る。  そして洋酒の店に来ていながら、焼酎の水割りを呑んでいるのも変わらんなとも思う。  洋酒の店なんだからジンとかウオッカにしなよと言ったことがあるが、頑としてきかない。  なのでボトルだけウオッカのものにして中身は焼酎にするという体にしている。 「ところで三の字よぉ、最近モテてるなぁ」 「なにがよ」 「お前さんを尋ねて何回かオンナが来てるぜ」 「オンナぁ? ──どんなのよ?」 「スーツ姿のよ、ちょっといいオンナ。ありゃあ保険屋だな、お前さんのことやたら訊いてきたぜ」 心当たりは無い──こともないが──理由かわからんな。 「ちょっと待ってな」 そう言うと、スマホを取り出し外に向かう。  珍しいな、マナーを守るなんて。  いつもなら周りにお構いなしで大声で話すくせに。  おかげで仕事内容はもちろん、家族構成と関係までわかってしまう。  保っちゃんは観葉植物のリースと販売をやっている自営業者で、家族構成は奥さんと大学生の娘二人。  外では威張っているが、家庭では男ひとりなので肩身が狭いらしい。それでも家族を愛してやまないところが愛嬌がある。だから憎めない。 「お待たせ」 「カエルコールかい」 「うんにゃ、呼びつけたんだよ」  まったく、見栄を張るんだから。   小一時間もした頃だろうか、多少席が空いたところで、入口扉に付けられたベルがカランコロンと鳴ったので、ふとそちらを見る。 「おー、ねぇちゃんコッチコッチ」 「連絡ありがとうございます、氏永さん。小川さん、こんばんは」 先週の女だ。 「保っちゃん、どういうこと」 「このねぇちゃんが、三の字に会って謝りたいって、今週は毎日来てたんだぜ。泣かせるじゃねぇの。だからオレがひと肌脱いでやったのさ」 ドヤ顔してから自分のグラスを持ち上げた。
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