洋酒の店

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「三の字の隣に座りなよ」 「保っちゃんの知り合いなら、そっちの空いてるところにしなよ」 「ダメ。俺の隣はカナエしか座らせん。他の女が座るとヤキモチ焼かれるからよぉ」  スマホを取り出し、待ち受け画面を見せる。  デレデレ顔の仲良し夫婦が寄り添っている。ごちそうさま。  仕方ないので座りやすいように少し椅子をずらす。 「ありがとうございます」 「……毎日来てたんだって?」 「はい、どうしてもお詫びしたくって」 「私も相当なお人好しだと思うけど、あんたも相当だねぇ」  スポーツウェア上下に運動靴、肩まである髪はシュシュでまとめられている。どうやら今日は休日らしい。 「あの……これを……」  そう言いながら小脇に抱えたトートバッグから出てきたのは、見覚えのある包装紙で包まれた手のひらサイズの小箱だった。 「氏永さんに教えてもらって、陶芸家さんのところに行って、手に入れてきました」  簡単に言ってくれるが、それがどんなに大変なのかは、小説家になってから取材するようになってから知っている。  受け取り、開けてみる。  蕎麦猪口だ、それも、私が買った物と最後まで迷ったヤツじゃないか。 「どうでしょうか」 「──どうしてこれを?」 「陶芸家さんと話しをして、小川さんのことを思い出していただいて、これと最後まで迷ってたときいて……」 ──やられた。ここまでされてヘソを曲げてたら、情けないじゃないか。  すごいなこの女。ここまでする女……じゃない、女性に初めてあった。 「ありがとう。あらためて謝罪を受け入れます、だからもう気にしないで」  心から言ったのが伝わったのだろう、ようやく微笑んでくれた。うん、笑顔の方がこの人は似合うな。 「なんだか知らねぇが良かったじゃねえか、乾杯しようぜ。ねぇちゃんもイケるんだろ」 「そうですね。じゃあシャンディガフをお願いします」  マスターが作ったカクテルを受け取ると、三人で乾杯した。 「ねぇちゃん、なんて名前なの」 「あ、佐野といいます。よろしく」 「俺は保っちゃん、コイツは三の字」 「小川三水さんですよね」 「──なんで知ってるの? ていうか保っちゃんから聞いたのか」 「おう、知ってる事、全部話しといたぜ」  この人にかかっちゃ個人情報保護なんて言葉、意味無いな。  苦笑しつつも、会話と酒が楽しく弾んで進んだ。 ブツッ…………
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