11人が本棚に入れています
本棚に追加
/252ページ
箸がすすまなかった。
やはり胃が荒れているのか、いざとなると食欲が無いのと、何というか、ふたりともとても品のある食べ方で、つい見惚れてしまうのだ。
「どしたの? やっぱ食欲無い」
佐野さんが心配そうに訊く。
「あ、いや、──すまない、とても美味しそうで食べたいんだが、申し訳ない」
「いいのよ気にしないで。そうね、味噌汁だけでも飲んでみたら」
お祖母さんに悪いので、無理して味噌汁だけでもと口にする。
「美味い」
具は海苔だけの赤だしの味噌汁だが、むせないように冷めたまんまだ。おかげであっという間に飲めた。
「おかわりあげましょうか」
すいませんとお椀を渡し、動きを目で追うとガスレンジの上に二つの鍋があるのが見えた。片方は小鍋で、お祖母さんはそこから味噌汁をすくってくれた。
それに気がついて二人のお椀を確認すると、湯気が立っている。つまり温かい。つまり私の分用に冷めた味噌汁を用意してくれたのだ。
なんという気遣い、不覚にもキュンとしてしまった。
「すごいお祖母さんだな」
「でしょ。元カゾクなんだよ」
「え」
元家族? 今はそうじゃない? フクザツな家庭なのかな。
私の表情で勘違いしてるなと思ったらしく、佐野さんから説明が追加された。
「カゾクってFamilyの方じゃなくてNobleの方だからね。日本にも貴族制度があったでしょ」
「ああ華族の方か。って、華族!! お嬢様なの」
「あらまあ、こんなお婆ちゃんつかまえてお嬢様だなんて御上手ね。昔の話よ、気にしないでね」
どおりで気品があると思った。
二杯目の味噌汁を飲み干すと、ごちそうさまでしたと挨拶をする。三杯汁はさすがにできない。
「じゃ、手つけてないのもらうね。お祖母ちゃんお代わり」
「これ、はしたない」
「いーの、三ちゃんだから」
「あのね、佐野さん」
「あーもう、佐野さんじゃなくて千秋って呼んで。昨夜はそう言ってくれたよ」
──覚えがない。そんな馴れ馴れしくなったのかな。
「それと約束どおり、お祖母ちゃんも紹介したからね。お祖母ちゃん、三ちゃんてね小説家なの。それも歴史小説。だからお祖母ちゃんを紹介してほしいって言ったのよ」
これも覚えがないが、私なら言いそうである。なにしろ今現在、もっと話を訊きたいと思っているからだ。
ご飯をよそいに席を離れたチャンスをいかして千秋に小声で訊く。
「昨夜の支払いってどうした」
「私が払ったわよ」
「いくらだ。精算する」
「いーよー、私が酔い潰しちゃったんだから」
「よけい精算したいわ」
「いいってば。そんじゃ今度奢ってね。あそこ気に入ったわ、私も行きつけにするから」
最初のコメントを投稿しよう!