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あの日の翌日、手土産を持ってあらためてお詫びをしに行くと、笑顔で迎え入れてくれて茶飲み話となった。
華子さんの話はじつに面白く、また礼儀や行儀作法を教えてもらってためになった。
その後も、仕事の配達途中で余裕があるときは用もなく寄って、お茶を頂いたりお話を聞いたりしている。
華子さんはとても魅力的な人だ。世の中にこんなにも素敵な女性がいるとは思わなかった。
いや年齢的に恋愛はもちろん思慕の情もないのだが、性別を越えて[人]として魅力があるのである。
「そういやよくお祖母ちゃんに会ってるみたいね。好きなの?」
からかうよう様にそんなことを言う孫娘とは大違いだ。
「人としてな。会うたびに圧倒される」
「身近だからピンとこないんだけど、そうかなぁ」
「千秋的にはどんなお祖母ちゃんなんだ」
「うーん、尊敬はしてるわ。ど貧乏な生活してたときも動じることなく笑顔で暮らしてたし、叱られることはあっても怒られたことはないしねぇ」
「ど貧乏で思い出したが、お母さんは相変わらずかい」
千秋のお祖母さんは咲子さんといい、亡くなった夫の債務をずっと返済している。
「うん。私も働けるようになったから仕送りしたんだけど、全部自分で稼いで返すって断られてそのまんま」
夫の債務は私が返す そう宣言してずっと働きっ放しらしい。
わりと家に寄っていると思うのだが、未だに会ったことはない。いや別に会いたいわけではないが。
「まー、大したもんだと思ってるわよ。お父さんの失敗した事業を立て直して、ベンチャー企業の経営者となってるんだもん。なにより未だにお父さんのこと愛してるもんねー」
だから誰の手も借りたくなく、会社を潰したくないそうだ。こちらも魅力的な人である。
「あえて訊くけど、お父さんのこと恨んでる?」
「ううん」
即答か。
「幼かったからね、居なくなって寂しくは思ったけど、お祖母ちゃんも母さんも恨み言なんか全然言わなかったし、ど貧乏も当たり前だと思ってたから」
なるほど。物心ついたばかりだろうか、それなら環境の変化を知らなかったのだろう。
それよりも婿や夫の愚痴を言わなかったことが、良い結果につながったということか。
「……まいったな」
「なにがよ」
「なんでもない、そろそろ帰ろうか」
「えー、まだいいじゃない」
千秋の酒豪は、もう飲み仲間達にもお店の人達にも知られている。
だがそのせいか、周りはもちろん本人もリミットが分からないのだ。
私は華子さんからきいているから知っている、ほろ酔い加減からすると、そろそろ限界だろう。
無理矢理支払って、お店をあとにした。
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