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「三ちゃん、釣りに行かない」
馴染みの店、ともしびのマスターからそう誘われたのは4月の下旬、GWに入るちょっと手前だった。
釣りかぁ、正直あまり得意ではない。苦手でも嫌いでもなく、得意ではないのだ。
そもそも釣糸をたらしたあと、じっと待っているのが面倒なのだ。同じ魚を取るのなら、投網で一網打尽するか、罠を仕掛けておいてその間何か別のことをする方が効率がいいと思ってしまう。
返事を渋っていると、カウンター席のとなりに座っていた保っちゃんが会話に参加してきた。
「なんだい釣りかい、いいねぇ、オレも行っていいかい」
「もちろんもちろん、保っちゃんは参加ね」
マスターが嬉しそうにメモをとる。
「それで、海かい川かい、まさか釣り堀じゃないだろうな」
「知多半島沖の船釣りだよ、ウチはママと息子が行く」
「これで4人か、あと何人までいけるの」
「4人くらいかな」
「じゃあ決まったじゃねえか、三の字、みんなに連絡しておいてよ」
「私が」
おいおい勝手に決めるなよ、それに決めたんなら自分で連絡してくれよ。
だが言い出したら引かない保っちゃんに言い返すのは無駄だろう。
スマホを取り出して、マスターに日時と内容を簡潔に聞くと、それを送信した。
正直、みんな断ってほしいなと思っていたが、意外にも全員参加の返事が来た。やれやれだ。
「みんなオーケーだってさ」
「よっしゃ、船釣りかぁ、久しぶりだなぁ腕がなるぜぃ」
嬉しそうにチューハイを呑む保っちゃん。
洋酒の店であるにもかかわらず、焼酎をボトルキープしているところが彼らしいと思う。
苦笑いするマスターが奥に引っ込んで、奥さんであるママに何かしら伝えている、たぶん船釣りの予定が決まったと伝えているのだろう。
「保っちゃんは釣りやるの」
「やるやる、三の字はどうだい」
「やらないな。子供の頃、釣り好きの友達がいたから一緒に行ったことはあるけど」
「なんだシロートかよしょうがねぇなぁ、よっしゃ、オレに任せときな、道具もみんな貸してやる、面倒みてやるから文字通り大船に乗った気でいなよ。オレの腕前に驚くなよぉ」
どうやらかなりの腕前らしい。
誘われたのは今回初めてだが、マスターが休日に釣りに行っているのは、ちょくちょく聞いている。
ともしびには大抵木曜日に来ているのだが、たまに月曜日に行くと、昨日釣ってきたよと付きだし、あ、いや、洋酒の店だからアペタイザーというべきかな、それにお刺身が出てくることがある。
なし崩しに行くことになってしまったが、まあいいか。小説を書くときの参考になるかもしれないしな。
諦め半分楽しみ半分で当日を楽しみにし始めてる私の名は小川三水、小説家である。
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