知多半島沖の

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知多半島沖の

 海に来たのは久しぶりである。早朝の潮の香り、波の音、うねる海面、頬を撫でる潮風を吸い込むと少ししょっぱい気がした。  駐車場に停めたクルマは二台。マスター一家のハイエースと、仕事に使っている私のキャラバンである。  普段は折りたたまれているが、展開すると3人掛けの座席が2つあり全部で9人乗れる。客組5人ならじゅうぶん余裕だ。 「あー疲れたー、帰りもこれかー」  それなのに到着して降りると同時に、ノブこと中島小信が伸びをしながら文句を言う。いつもどおり野球帽にスタジャン、カーゴパンツ姿である。 「業務用のクルマなんだからしょうがないじゃない、いちばん若いんだから文句言わないの」  助手席から降りる千秋こと佐野千秋がたしなめる。春物セーターに綿パンツ姿は堤防でみると華やいで見える。この2人は姉弟みたいな関係だな。 「だって保っちゃんが隣なんだよ、ずっと釣りの話ばかりなんだもん、うんざりするよ」 だったら保っちゃんにアタれよ、なんで私に向けるんだよ。 「だったら帰りは代わろうか。後ろでひとりなら楽できるよ」 ぼんぼんらしく、最後にゆっくりと降りてきた重ちゃんこと三ツ井重吉。いつもは高級スーツ姿だが、なんと表現すればいいんだろう、そう、芸能人がカジキ釣りをするバラエティー番組で見る時の格好みたいだ。今から釣りに行くのはアジだぞ。 「三の字、ボケッとしてないで荷物運べよ」  待ち合わせ場所であってからずっとテンションの高い保っちゃんが大声で呼ぶので、慌ててそっちに行く。  キャップにチェックのシャツにジーンズ、それに早くもライフジャケットを身に付けている。やる気満々だな。  クーラーボックスと竿を抱えて、マスター一家と合流すると、お世話になる船長さんに挨拶し、船に荷物を乗せてから乗り込む。 「よぉし、それじゃいくぞぉ!! ヤマト、発進!!」  船首でポーズを取りながら仕切ろうとする保っちゃんに、邪魔だからどいてと船長が怒鳴る。大丈夫かな、この船。 ちなみに船の名前は千寿丸である。  ポンポンポンと排気音が耳に飛び込んでくる、同時に排気ガスの匂いが潮の香りをかき消すが、堤防を離れて沖に出ると気にならなくなった。 「わあ、海よ海、海よー」  珍しく千秋がはしゃぐ。船が揺れるから私は船室入口の壁を掴み、千秋は私の腕に腕を絡める。 「うぉっと、あぶねぇ」 あっぶない、背中からノブがぶつかってきたので、海に落ちそうになる。 「ノブ、なんかに掴まるか座ってなよ」  振り向いてそう言ったが、スケボーかサーフィンのように危なげなく立っている。なんだよバランス感覚いいじゃないか。  マスターと息子さんはさっそく準備をしている。  重ちゃんは船尾に陣どってにこにこしている。なんかすごく休日を楽しんでいるみたい。  今日の主役といってもいい保っちゃんは船首にへばりついている。なんか歌っているな、とぎれとぎれで聴こえるのは……、ヤマトの次はトリトンかよ。世代だねぇ。
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