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「ちくしょう、なんで釣れないんだよ」
そう言いながらもさらにムキになって投げまくる。なんで保っちゃんはこんなにムキになるんだ。
「あっれぇ、保っちゃんまだ連れてないのー。オレなんかもう5匹も釣ったっすよぉ」
ノブがわざわざやってきて囃し立てる。来る途中さんざん釣り自慢されてうんざりしていたから、お返しとばかりに言い続ける。これ以上機嫌を損ねさせるのはやめてほしい。
その時、肩をちょんちょんと叩かれる。振り向くと息子さんが耳打ちしてくれた。
「さり気なく間違いを直したいんで、小川さん協力してください」
「間違いってなにが」
「氏永さん、サジキ釣りの仕掛けでルアー釣りのやり方をしているんですよ。なんかどうしても投げ釣りをやりたいみたいなんで、せめてルアーに変えさせたいんです」
「それでいいの」
「アジは釣れなくなりますが、大物狙いができます」
こちらとしては同じ釣れなくても、大物狙いだったからと言い訳もできるか。よしそれでいこう。
「保っちゃん、アジ以外だとこの時期何が釣れるの」
「ああ!! ──っと、たしかシロギスとか真鯛だな」
「それ釣るにはどうしたらいい」
「それだと……、ルアーがいいな。そっかそっかルアーがいいよな」
どうやら間違いに気づいたらしい。私達にサジキ釣りを教えたから、いきおい、自分もそうだと思ったようだ。
重ちゃんも含めて右舷側はルアーの投げ釣りに切り換える。初めてやる私は後ろが気になるので、船の前の方に移動して背後に誰もいないのを確かめる。
手元の糸を指で抑えてリールのペールとかいう部分を外す。そして背負い投げの要領で振りかぶり、適当なところで抑えていた指を離す。やった、上手くいったぞ、理想通りの投げ方だ、初めてにしちゃよくやった、うん。
ペールを戻して、リールを巻き戻す。何の手応えも無い。やはり釣れなかったか。釣れなくてもいいと思いながらも、巻き戻すときは期待してしまう。これが釣りにハマる理由なのかもしれない。
様子を見ていた息子さんも安心したのか投げ始める。
保っちゃんは喜々として変わらず全力でやっている。
重ちゃんは誰にも教えられてないのに、じつに様になっている。
「重ちゃん上手いね」
「うん、竿が小振りだけどカジキ釣りの要領と一緒だから」
──カジキ釣りねぇ、なんかワードが浮世離れしてるよな。ちゃんと釣れるんだろうか。
ところが真っ先にヒットしたのは重ちゃんだった。
「お、やった、なんだなんだ」
傍から見ても大物っぽい引きで竿がしなり左右に揺れる。そして釣り上げたのはなんと真鯛だった。しかもデカい。
「おお、鯛だ、鯛だ、めで鯛な」
というか、ホントに持ってるよな。重ちゃんは星の巡りのせいか、なんとなく幸運な人生をおくってる。時々うらやましくなる。
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