海は冷たかった

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海は冷たかった

 保っちゃんを真ん中に、右に重ちゃん左に私とオジサン三人が並ぶ絵面は、さぞかしむさ苦しいだろうな。 「お、来た来た。また釣れた」  オジサン呼ばわりするにはまだ若い重ちゃんは、相変わらずもっている。さっきから彼だけが釣っている。おかげでどんどん保っちゃんの機嫌が悪くなっていく。 「絶好調だね重ちゃん」 「うん。みたいだね」 他人事みたいに……。  知多沖の魚を全部釣り上げるんじゃなかろうかという勢いで、鯛やシロギスが釣られていく。  もともとそんなに釣る気は無かったが、ああまで目の前でやられるとさすがに釣りたくなる。 「重ちゃん、なんかコツでもあるの」 「べつに無いよ、ただ投げて巻いたら釣れてるだけ」 のほほんと言われて、私じゃなくて保っちゃんがカチンとくる。 「嫌味か重坊」 これ以上神経を逆撫でしないでほしいなぁ。 「うーん、強いて言えばサヨリさんのおかげかな」 「誰よサヨリさんて」 「なんだ重坊にもいいヒトいるのかよ、三の字、残念だったな」 ──受け取り方次第では、私が重ちゃんにフラレたみたいな言い方だな。  そんなことを気にもせず、重ちゃんは話しを続ける。 「サヨリさんはそんなんじゃなくて、大阪のクラブのママさん。すごい人気者でね、それにあやかってルアーにサヨリさんて名前をつけてやってるの」  大阪のクラブのママさんね。私には一生縁のない高級店なんだろうな。 「やっぱり魅力的なヒトに魚は食いつくんだね」 そのひと言に保っちゃんが息を吹き返した。 「なるほどそういうことか。ならオレもそうするか」  新しいルアーに取り換えると、保っちゃんはそれに話しかける。 「頼むぞカナエ、お前の魅力なら釣り放題だ」 「保っちゃん、奥さんの名前つけるの」 「あったりまえだ、カナエより魅力的な女が他にいるかよ」  こういうことを平気で言える愛妻家ぶりは好感持てるのだが、この場合それでいいのか?  まるで美人局(つつもたせ)みたいじゃないか。 「頼むぞカナエー、美味そうなの引っ掛けてこーい」  だから美人局みたいだってば。 「三の字もやってみたらどうだ」 「あいにくとそういう女性はいなくてね」 「じゃあ、千秋ってつけたらどうだ」 「──かえって魚が逃げそうな気がするんだが」 聞こえないように言ったんだが、聞こえたらしい。 「三ちゃん、何か言ったー」  サワラを釣り上げた千秋が、こっちに来ながら訊ねる。 「釣れて良かったな、って言ったんだよ」 とりあえずルア子さんと名付けて、私も竿を振った。
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