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「おおっ、かかった、かかったぞ」
ようやく保っちゃんにヒットしたらしい。
「こ、こりゃ、大物だぞ、さすがカナエだ」
身体がもってかれそうになっている、たしかに大物っぽいぞ。
「保っちゃん、手伝おうか」
「い、いや、いい。これは夫婦の共同作業だ、出しゃばるんじゃねぇ。カナエとオレでやるんだ」
いや、保っちゃん独りの作業なんだが。
必死の形相でリールを巻き上げる保っちゃんを見守るしかなく、重ちゃんも手を止めて応援をしはじめる。
今のところ保っちゃんだけが釣り上げてない。もうすぐ帰る時間だから、大物一匹釣ってイーブンになって欲しい。
「うおぉぉぉ、こなくそぉぉぉ」
いったい何がかかっているんだ、なかなか終わらない。
邪魔と言われても網くらいは用意しておこう、そう思って立ち上がったときだった。
座りっぱなしだっので、ついよろけてしまい、保っちゃんの肩に掴まる。
「ジャマすんなって言ったろう、三の字」
と、私に気を取られた瞬間、かかった大物が急に潜ったらしく、竿ごと持ってかれてしまったのだ。
「わわっ、カナエ、カナエー」
「保っちゃん危ない」
「行くなー、オレをおいて行かないでくれー、他のオトコと一緒に行かないでくれーーー」
竿を、いや、ルアーをとりに飛び込もうとする保っちゃんを取り押さえようとしたが、足がもつれてしまい、一緒に海に落ちてしまった。
「わわっ、小川さん、保っさーん」
重ちゃんの驚きの声だけが聴こえた。
※ ※ ※ ※ ※
「大丈夫? 三ちゃん」
「ああ」
心配そうに千秋が訊いてくれるが、ずぶ濡れになっただけでほぼ無傷だ。
ふたりともライフジャケットを着ていたので、幸いすぐに引き上げてもらったが、4月下旬とはいえ、さすがに海の水は冷たい。
すぐに港に引き返してもらい、千寿丸船長の自宅へとやってきた。
船長のところは民宿もやっていたので、濡れた服を洗って乾燥機に入れてもらい、その間、浴衣と毛布に包まれて待っている状態だ。
「カナエぇ、カナエぇ」
同じ格好をして座っている保っちゃんは、ずっとこんな調子で落ち込んでいる。
重ちゃん以外は事情を知らないので、どうしてこうなったか説明すると、マスター一家は苦笑いし、ノブは大笑いし、千秋は呆れた。
「どうする三ちゃん。このままじゃ可哀想だよ」
「といってもなぁ、海に落ちた物なんて拾いにいけないぞ」
「似たようなルアー買ってプレゼントしようか」
「それもいい手だが、あいにくどんなヤツだか覚えて無い。それに──代わりのじゃ納得しないだろうしな」
ふたりで思案にくれていると、来客があった。
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