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「マサさんがそう言うのも無理ないですけどねぇ~」良平はこれにはとくに反論せずあっさり同意する。この当たりの間合いの取り方も、悔しいが絶妙だ。
「なんかでも、時々思うんですけどね」良平はなにげない感じで話の矛先を逸らした。「みんなそれぞれ幸せになりたいって思ってるはずじゃないですか~」良平は雅春に視線を向ける。
「そりゃそうだ、進んで不幸になりたがるやつなんていない」雅春は頷く。
「それなのに実際に幸せになってる人って、あんまりいないですよねぇ。不思議っすね」
「そりゃ、誰かの幸せは誰かの不幸せってこともあるからな」
「資本主義が成り立つと社会主義が駆逐されるみたいに?」
「良平の癖に難しいたとえ言うな」
「マサさんそれ失礼!僕でも一応大学行ってんすから!」良平はわざとらしくムキになって笑った。つられて雅春も笑ってしまう。しかしすぐその後で、ふと雅春は考え込んでしまう。
俺の目指すことが成り立てば、妙子さんの目指すことが成り立たない。なるほど、資本主義と社会主義か。
「中国みたいに、経済特区をこしらえることはできんのかねぇ」頭の中で思っただけだったが、実際に呟いてしまったらしく、「中国が何すか?」と良平が聞き返してきた。「いや、なにも」と雅春は区切った。
「あ、そういえば、中国と言えばですね」良平が思い出したように言う。
「ん、なんだ?」
「マサさん、司馬遷って知ってます?」
「『史記』を書いた中国の歴史家ってことくらいは知っている」
「お、さすがマサさん!」
「バカにしてんのかよ。で、その司馬遷がどうしたんだ?」
「その司馬遷が、戦に負けてしまった李陵を、みんなが非難するなかでただ一人かばったらしいんすよ、その昔。」
「それは優しいな、司馬遷ってのは。」
「でね、時の皇帝にも『李陵は立派なヤツだ。あいつはよくやった。少ない兵力で勇敢に敵地に攻め込むなんて、すげえやつだ。ナイス・ガイだ』って言って弁護したんすよ。」
「ほんとにナイス・ガイなんて言ったのかよ。」
「ま、表現はさておき。それでね、皇帝に口ごたえしたもんだから、なんと司馬遷は腐刑に処せられるんですよ。」
「腐刑?」
「男性器を切り落としちゃうんです。」
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