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ずっとそうだ。良平は、周りとの軋轢をできるだけ避けて、自分をカメレオンのように変化させる。そんな小手先の器用な処世術ばかり身についていって、段々と自分というものが分からなくなっている。
「そっちはどう?今日はいい写真撮れた?」良平は佐和に問いかけた。
鶴見佐和は自称フリーのカメラマンで、『さまざまな日常』を写真家活動の軸にして、毎日色々な場所を訪れては、せっせと撮影をしている。
良平と佐和が付き合ったのは、「ブックストア・モトジマ」がキッカケだ。佐和が『町の本屋さん』というテーマで写真を撮っていた時期に、「ブックストア・モトジマ」を訪れた。そして被写体に、良平を写したいと申し出てきた。
店主の本島妙子は、「うちの看板息子だから、オトコ前に撮ってよ」と笑って許諾してくれた。そのあと、佐和がお礼をしたいというので仕事が終わった後に近くのカフェでお茶をした。「お茶だけじゃなんだから、ケーキもどうぞ」と佐和が言うので、良平は本当は甘いものが苦手だったが、佐和の好意に応えてモンブランと珈琲のセットを頼んだ。
オープンテラスで紅茶を飲む佐和を、夕闇が包んで妖艶とも言える雰囲気を醸し出していた。良平が年齢を尋ねると、「ひとつ忠告してあげる。初対面の女性に、歳を聞くのはノー・グッドよ」と言って良平を慌てさせた上で、「二十五よ」と微笑んだ。
「鶴見さんは、どうして写真を撮っているんですか?」きまりの悪いのを取り繕うように、会話のとっかかりとして、何気なく良平はそう質問してみた。
「うーん、そうねぇ・・・」すると佐和はしばらく唸って考え込んだ。「写真が好きだから」などの月並みな答えがすぐに返ってくると予想していた良平は、虚を突かれることになった。
「良平君に、会いたかったから、かな」
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