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「だから、何回言ったら分かるんですか」
雅春は、俯き加減で辟易したように呟いた。それがさらに癪に障ったのか、本島妙子は苦みばしった表情を浮かべ、
「とにかくその方針には私は反対なの。店長である私が反対なんだから、嫌なら辞めてくれればいいのよ」
と一蹴した。これを言われると後を続けようが無い。
ブックストア・モトジマは夕方の5時半を回ったところだが、店内に客は一人もおらず、いるのは雅春と本島妙子の二人だけだった。数日前から、この店の経営方針を巡って、二人は何度と無く諍いを繰り返してきた。
「僕は、この店が好きなんですよ」
「好き嫌いで商売されちゃ敵わないね」
「だからなんとかしたいって思っているんじゃないですか」
「そんなんじゃ、より悪化するだけだよ」
「今のまま何もせず手をこまねいているほうが悪化するだけですって!」
と、いつも水掛け論だ。
「お疲れ様でーす」
「あ、田口君、お疲れ」急に本島妙子は笑顔になる。
「すみませんゼミの授業で遅くなっちゃって。って、あれれ、なんか空気悪いっすよ」
アルバイトの田口良平が、爽やかな笑顔を振りまきながら入ってきた。今日は金曜日で、出版社から書籍の納品が大量にある日なので、彼は大学が終わるとすぐに駆けつけてくれる。お調子者なところがあるが、良いムードメーカーであり、仕事もきっちりこなすので、妙子のお気に入りだ。
田口良平が現れたことで、場の空気が緩和されたことに、とりあえず雅春は安堵した。もとより、諍いというのが苦手な性分である。できることなら、口論なんてしたくない。でも、そうせずにはいられないほど逼迫した状況なのだ。
ダンボールに詰められた納品を、雅春と田口良平はせっせとさばいていく。『新版・世界の植物』は図鑑・百科事典の棚に、『誰にでもできる!ラクチン・ダイエット』は健康法の棚に・・・雅春はシステマティックに作業をこなしていった。
「すいませんマサさん、『女の生態』はどの棚に入れましょうか?」同じく納品をテキパキとさばいている田口良平が、雅春に声をかけた。
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