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ブックストア・モトジマは、本島妙子の亡き夫である本島甚八が始めた個人経営の小さな本屋である。雅春は、家の近所ということもあり、子供のころから祖母に連れられて度々訪れていた。当時は出版業界の売上も堅調に推移しており、その小さな書店はいつも多くの人びとで賑わっていた。
雅春は、書籍を真剣に吟味する人たちの静かな熱気と、自分のまだ見ぬ世界を教えてくれる本という存在が大好きだった。雅春が中学生になって、祖母が亡くなってからも、他人行儀な駅前の大型書店ではなく、家族的な雰囲気があるこの小さなブックストア・モトジマが、彼のお気に入りだった。本島甚八とは、「雅春ちゃん、今度こんな面白い本が入るからさ、ぜひ読んでみなよ」というふうに、とても懇意な仲であった。
しかし、そんな本島甚八は、雅春が大学2回生の頃、クモ膜下出血により急逝してしまった。雅春は大きなショックを受けた。大きな友人を失った感覚だった。
それから、書店は本島甚八の妻である本島妙子が引き継いだ。彼女は彼女で、駅前で「小料理屋タエコ」というカウンター席だけの小さな店を経営していたが、そこを閉店し、ブックストア・モトジマの経営を引き継いだ。近所の人からは「夫の遺志を継いだ偉い未亡人」として評判だったが、実際は「小料理屋タエコ」の収支は毎月赤字であり、実際問題として「食べていく」には夫の書店業に乗り換えざるを得なかったという内実がある。
本島妙子が店長となってからも、雅春はブックストア・モトジマに通い続けた。
大学は電車に乗って通っていたので、駅前にある大型書店の方が品揃えも豊富だし便利なのだが、ブックストア・モトジマは小さい頃から通い続けた愛着ある場所だ。電車は簡単に乗り換えられても、書店はそう簡単には乗り換えられない。
それに本島妙子は、雅春が来るたびに「あらぁ、いらっしゃい。今日は大学どうだった?」と嬉しそうにしてくれる。その頃は今と違い、本島妙子は雅春のことを大変可愛がってくれた・・・店長と客という関係において。それが店長と従業員という立場に変わると、関係性がこうも変容するのだ。
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