0人が本棚に入れています
本棚に追加
本島妙子が色々と雅春の来店に感謝を表明し、大学でのことなど雅春に興味を示してくれることにはありがたかったが、それでも、色々とお薦めの本を紹介してくれた甚八に対して、妙子はまったく本を薦めてはくれなかった。というよりもとより、妙子は本のことなど、知っちゃいなかった。ただ小料理屋の経営に行き詰まり、そこで得た「小さな店舗を経営する」というノウハウだけで書店を経営しているのだ。
いつしか、店の入り口にあるメインの平置き棚は、本屋にとって日銭が稼げるサラリーマンや主婦向けのゴシップ雑誌に占拠された。甚八にあった「本への愛」が、妙子には欠如していた。雅春にとって、それは本への、本を愛好する者たちへの冒?にも等しかった。
そして、自分がかつて愛したブックストア・モトジマが、妙子によって蹂躙されていることが、耐えられなくなってきた。
大学卒業を一年後に控えた三回生の春、雅春はその他の学生と同じように就職活動に励んだ。本が好きだった彼は、出版社や大手書店チェーンなどの面接を数多く受けた。図書館司書の資格も取得していたので、幾つかの公立図書館にも面接を受けに行った。
しかし、図書・出版業界は求人自体が少ない上に、「就職氷河期」と言われた雇用情勢もあり、彼は同回生が妥協の末に中小メーカーや地方銀行などに内定を決めていくなか、ひとり取り残されてしまった。気が付けば「保険」で受けたはずの小さな出版社からも不採用通知を貰い、彼は就職戦線からの離脱を余儀なくされた。
路頭に迷おうかとしているまさにそのときに、思いついたのがブックストア・モトジマだった。小さい頃から通い詰めたその書店は、彼の唯一のコネだった。彼は藁にもすがる思いで、本島妙子のもとを訪れた。
「ええよ、ちょうど人がおらんくて困ってたところやし。マサちゃんみたいな大卒のコが来てくれるなんて、助かるわ」
最初のコメントを投稿しよう!