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そんな面接ともいえないほどあっけない話し合いで、ついに彼は働き口を見つけることに成功した。雅春は本が好きだった。
だから、書店で働けることに、彼は大きな喜びを感じた。人生に光が射したような気さえした。そして、本島妙子の経営するブックストア・モトジマは彼がかつて愛した甚八時代のブックストア・モトジマではなくなっていたから、これからこの小さな書店に〝甚八の息吹〟を蘇らせるんだ、自分が変えるんだという野心もふつふつと湧き上がってきた。
しかし、そう簡単にコトは運ばなかった。大学を卒業し、ブックストア・モトジマで働き始めた彼を待っていたのは、本島妙子との度重なる衝突だった。
雅春は、甚八の時代のように、「出版社まかせの本の納品ではなく、書店側がイニシアティブを持って納品する本を選別する」というスタンスを貫きたいと思っていたが、妙子は妙子で、「出版社との良好な関係こそ小さな書店が生き残っていく唯一の道であり、変にワガママを言えばこんな小さな書店、出版社はあっけなく切り捨てる。何はなくとも、出版社の意向に添った納品をするのが最善だ」と考えていた。
二人の相反する考え方は何度も衝突し、結局は「店の経営者は私だから」という妙子の一言に押し切られる形になったが、その度に二人のわだかまりは強く深くなっていった。
雅春は、こんなにも妙子が頑固だということを知らなかった。そして、本への愛情や来てくれるお客様のことなど頭に無く、ただ取引先の出版社との関係を継続させることしか頭に無い彼女の偏狭なスタンスを、心底憎んだ。
やがて、出版社任せの意志と統一感のない品揃えと、日本経済の長期的不況と停滞により、ブックストア・モトジマの売上は逓減していった。
日銭を稼げるはずの雑誌類すら、雑誌創刊ブームの終焉と共に、立ち読み客にボロボロにされて商品価値を失うというような荒廃を極めるに至った。雅春は幾度と無く、ブックストア・モトジマを辞めることを考えたが、次の就職先の目処などまったくないし、今更新しい世界に飛び出していくことに、えもいわれぬ恐怖感があった。
そしてその度に、小さい頃祖母が呪文のように繰り返した「扉の向こうにはオオカミがいるから、外へ出ちゃ駄目だよ」という言葉が、鎌首をもたげるのだった。
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