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「お疲れ様、田口君もマサも、もう上がっていいよ」
閉店時間の30分前に、本島妙子は二人にそう呼びかけた。
雅春は、「アルバイトの良平はともかく、俺は正社員だ。なのに仕事がないからって俺まで閉店前の、しかもアルバイトと同じ時間に上がれっていうのは、ちょっとおかしくないか」と思ったが、今日はもう反論するのも面倒だったので、「お疲れ様です」とだけ言うと帰る支度を始めた。
すると田口良平が雅春に近寄ってきて、「マサさん、今日ちょっと行きましょうよ」と笑いかけた。
「行きましょうよ」とは、「飲みに行きましょうよ」ということだ。
田口良平は現役合格の大学一回生で、まだ18歳なので法的には飲酒は禁止されているが、大学に入るとそこは厳しく咎められず、世間的にも黙認されている。そのことに雅春は懐疑的で、あまり納得はできなかったが、自分も大学一回生のころからサークルの飲み会ではイッキ飲みをしたり(厳密にはさせられたり)していたので、責められたものではない。
それに今日は無性に酒が飲みたかった。妙子との諍いがその理由だが、それ以上に雅春は現在ある葛藤を抱えていて、それに起因するところも大きかった。そして雅春は「そいじゃ、駅前の白木屋でも行こうか」と良平の誘いに応じた。
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木村雅春と田口良平が帰った後、本島妙子は伝票の整理や、店内の簡単な清掃を済ませた。そして、レジを閉め、一日分の売上が記載されたレシートを出す。その数字を見て、深い溜め息をつく。
今月に入ってから、毎日売上が損益分岐点を下回っている・・・つまり赤字だ。そしてその赤字は日に日に膨らんでいく。現在木村雅春と田口良平を雇っているが、店の台所事情としても、現状の客数としても、一人辞めてもらう時期に来ているのではないだろうか。そして、雇用形態からすれば、その解雇対象は当然田口良平なのだが、個人的には田口良平には残ってもらいたい・・・と思っている私は、やはり経営者失格なのだろうか、と妙子は再び溜め息をつく。
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