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研次は賊に叩(はた)かれたうえに無造作に体を踏まれていた。そのためにもう動くことは出来ない。
しかし、今までのように痛さはない。
頭の中がじんわり温かく、穏やかな春の日射しに包まれているようだった。
「・・もしかして、助けてくれたの?」
研次は精一杯頷いてみたがそれが真知子に伝わったのかは判らない。
『あぁ、かつて俺は誰かだった・・』
前の人間だった幼い頃、その自覚があったことを研次は思い出した。
“これが沈むと俺はそれを忘れてしまう”
ならばとこの事だけは記憶に留めようとじっと夕陽を眺めていた。
『なんで急に思い出したんだろう・・?』
薄れゆく意識の中でオレンジを帯びた金色が海に反射するような光となって脳内に広がる。
そのゴキブリはもう生き返ることがなかった。
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