現れた男

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 吉岡との話が終わると、圭介が勤める中学校に行った。  グラウンドでは野球部が練習をしている。 「ほら、もっと腰を落として!」  圭介が野球部員相手にノックをしていた。  へえ、しっかり先生してるじゃない。  中学の時のことを思い出した。  小学校の時はそれなりだったが、中学での圭介の野球の実力はイマイチだった。  試合ではいつもベンチを温める補欠。  でも圭介は負けなかった。  自分の非力を認め、みんなが帰った後にひとり黙々と練習をした。  その姿は衝撃だった。  下手くそで無器用で、でも一生懸命で、あたしはその姿をきれいだと思った。  圭介への気持ちが一気に加速したのは、あの時だったと思う。 「おう、小春、来てたのか」  あたしを見つけて、圭介がやって来た。 「何か圭介、カッコイイね。見直したよ」 「だから、昔からカッコイイって言ってるだろう。こんなカッコイイ俺に気づかなかったお前は見る目がない」  見る目ならあった。  いつも圭介の姿を目で追っていた。  ただ、口に出して言えなかっただけだ。  あたしは、吉岡のことを話すべきかどうか、迷っていた。  吉岡のことを知ったら圭介はどうするだろう?  吉岡の所に乗り込んでいくのか?  理恵子を問い詰めるのか?  あたしが話せば、もつれた糸がさらにもつれるのではないか? 「どうしたんだよ? 急に黙りこくって」 「べ、別に……」 「わかった。今、俺の魅力に気づいて後悔してるんだろう? こんなイイ男なら早くコクっておけばよかったって」  冗談とはいえ、この人は本当にノー天気で鈍感だ。  あたしのことも、理恵子のこともまったくわかっていない。  だから思わず言ってしまった。 「理恵子のこと、もう少ししっかり見ていた方がいいよ。人の気持ちなんて頼りないものだから」 「どういうことだ?」  圭介がすこし表情を変えた。  あわてて取り繕う。 「だ、だからマリッジブルーってあるじゃない。圭介にはわからないかもしれないけど、女って結婚前にすごく悩むものなの」 「えっ、理恵子、マリッジブルーなのか?」 「ち、違うけど、一般論として」 「そっか、注意しとくよ。ありがとう」  圭介は曖昧な表情を浮かべた。  何か心当たりがあるかのようだった。
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