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ステージに立つおばさんの講釈を適当に聞き流すことは、体育館に足を運ぶ前からすでに私の中の決定事項となっていた。隣に彩がいなかったら、なかなかに地獄だったろう。
「そういえば」
私がぼんやりとステージの方を向いていると、だしぬけに彩が小声で話しかけてきた。
「水彩画の宿題について、斎藤先生が変なこと言ってなかった?」
そこで私は、つい先ほど受けた美術の授業での一幕を思い出した。変なことと言えば、これしかあるまい。
「海は描いちゃダメ」
特徴的なフレーズのみを切り取って呟くと、彩が目を丸くした。
「そう。やっぱり2組でも同じこと言われてたんだ」
「ということは彩の1組でも言われてたんだね。なにかそれについて理由を話したりしてなかった?」
すると彩は少し困ったように眉根をよせた。
「一応、言ってたよ」
いつになく歯切れの悪い返答だ。なにか引っかかることがあるのだろう。私は斎藤先生が「一応」説明したという内容について、彩に話してもらった。
「『なんで海はダメなんですか?』ってクラスの男子が質問したんだ。すると先生は『朝の海は危ないから』って短く答えて、その後あからさまに話題を変えたの」
それを聞いて、私は誰もが思いつくだろう所感をそのまま口にした。
「なんだか怪しいね」
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