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エピローグ
2人の歓びの瞬間に立ち会った後、私と彩はこの街で唯一つの教会へ自転車を走らせた。
浜辺から5分ほどで教会に着くと、私はリュックからクロッキー帳とHBの鉛筆を取り出した。
私が教会のスケッチを取っている間、彩はカシャカシャとスマホで写真を撮っていた。
スケッチは3分ほどで描き終わる。私が顔を上げたところを見計らって、彩が声をかけてきた。
「2人はここで式を挙げるのかな?」
「どうだろう」
2人がこの先どこで何をするのかを推理するのはもうよそう。その代わり、私は2人の幸せを心から祈ることにした。
「でも、この場所はあの2人にとても似合っている気がするな」
それから私と彩は、彩の家で水彩を描いた。「海を描いてはいけない」という、おかしな注文のついた美術の宿題だ。
教会の絵を描きながらも、私の脳裏には別の景色が浮かんでいた。
今朝浜辺で目撃したあの光景は、浜辺で遊んだ時に素足にこびりついた砂のように、私の脳裏に残って離れなかった。じっと目を瞑ると、羨ましいほど眩く、うっとりするほど幸せな黄色が瞼の裏にありありと浮かんでくる。
気が付くと私は、本来は真っ白である教会の外壁をその色で塗っていた。
斎藤先生は気が付くだろうか? 普段は目の前の対象を模倣することに徹する私が描いた、この現実には存在しない、もうひとつの教会の色に託した私のメッセージに。
プラスチック製の小さなバケツで絵筆を注いでいると、彩も同じバケツにそれを入れてきた。彼女の絵を覗くと、その絵にもやはり、私と同じ色が使われていた。
絵から視線を上げた時、2人の視線が交差した。
「幸せだね」
「幸せだね」
バケツの中で踊る絵筆たちがカタコトと鳴っている。
夏休みはまだ始まったばかりだった。
了
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